かわいそやない

おちょやんも

新米ママも

おねえちゃんも

みんなみんな

かわいそやない。

冬至イブの日曜日の朝。

窓の外は真冬日の雪景色の中、淹れたてのコーヒーを飲みながら、

いつもよりゆっくり朝刊をめくっていて、

ふと、手が、心が、止まりました。

それは読者から寄せられた二つの投稿。

一つは30代の子育て中の女性が綴ったもの。

ある昼下がり、生後4か月の娘さんを抱っこしてお散歩していると

見知らぬ高齢女性に月齢を尋ねられ答えると、こう言われたそうです。

「そんな小さいのに外に出してかわいそう」。

新米ママは一瞬何を言われたか理解できなかったそうです。

現在では乳児の健全な発達のため生後2か月から散歩が奨められていますが、

おそらくその高齢女性の時代の子育て常識とは違っていたのでしょう。

その女性が子育てママ友に聞くと、やはり、見知らぬ高齢女性に

突然育児を批判されることはよくあるのあそうです。

子育てを応援してくれることはうれしいけれど、

育児で正しいとされることは時代によって違うことも多く、

一方的な子育て批判は、ちょっと待ってほしいと綴られていました。

私の子育て時代も、すでにはるか過去となっていますが、

それでも20数年前、息子がまだ小さかった頃、

子育ての常識のタイムラグに遭遇することがありました。

それぞれに赤ちゃんを思う気持ちは同じなのに、手法が違うわけで。

たとえば一番身近な先輩である母の昭和的「常識」からすれば、

裸足や薄着が当たり前の平成育児はなかなか受け入れがたかったようで、

うっかり目を離すと(笑)赤ちゃんだった息子が

もこもこ雪だるまみたいに厚着にされて

暑くて真っ赤になっていたことがよくありましたっけ。

「もう、今は基本、赤ちゃんは裸足、薄着、なの、

赤ちゃんは暑がりだから、熱が発散できなくなるの!」と、

身内の親であれば、ダイレクトに直言できるけれど、

そうなの、ややこしいのは、見知らぬ高齢者の場合よねぇ。

私も、ちょろちょろ期だった息子が街中でのお買い物途中、

階段で手をつなぐのを嫌がったとき、それまでの疲労も重なって、

つい「もう、勝手にしなさい!」とつないだ手を振りほどいた瞬間、

階段を上ってきた高齢のご婦人が私に強烈な視線を向けてきました。

言葉はなく無言だったものの、すれ違うまで、

ず~っとキツく私に向けられたその視線は

「なんて母親なの、階段の途中で手を振りほどくなんて!ありえない!」

確実に、そう物語っていて、無言の視線の鋭い切っ先は、

新米ママだった私の心を貫いたのでした。今でも、忘れられない。

なによ、なんにも知らないくせに。

当時の私は心の中で必死にその視線に言い返していた。

母親だもの、ちゃんと安全は確認した上で手を離してます!

母親だって、人間です、感情的になることだってあるでしょ?

このちょろちょろ活発なおサルのような男の子を連れてお買い物してみれば?

な~んて、無言の抗議をしていたっけなぁ~。

あの視線は「ひどいママよね、子どもがかわいそう」とも語っていたなぁ。

だから、朝刊の新米ママの気持ちが、痛いほど、よくわかる。

「かわいそう」という言葉は、時に、人をひどく傷つけることがある。

同じ投稿欄にはもう一つ、こんな読者の声が載っていました。

50代後半の姉を急病で亡くした女性に

ある知人が電話をかけてきて「コロナじゃないの?」、

さらに「若いのにかわいそうね」と言い放ったのだそうです。

ただでさえ生きづらいコロナ禍、どの死にも残された家族には

それぞれの悲しみや後悔があるのだから、

せめて「そっとする優しさ」を選択してほしいと結ばれていました。

病名を詮索することなど、もう論外でありますが、

悲しむ人を慰めようとして「かわいそう」と言ってしまうことはありがち。

でも病気やケガや不幸に見舞われた人=「かわいそう」とくくるのは短絡的で、

もっと言えば、幸せの座布団に座った上から目線のニュアンスは、ぬぐえない。

それは、時に、その人の尊厳を大きく損なうことがある。

そうだ、朝ドラ「おちょやん」の千代ちゃんも

「お母さんがいなくて、かわいそう」と言った近所のおばちゃんに

毅然とこう言い放っていましたっけ。

「うちは、かわいそやない!」

誰がかわいそ、なんけ?

河内弁の正しい用法ではないかもしれませんが(笑)

千代ちゃんの気持ちは、新米ママも、急死したお姉さんも、おんなじやと思う。

自分の常識、物差しだけで、人の幸不幸を計ったら、あかん。

誰もが、みんな一生懸命生きとる。

だから、簡単にいわんといてほしい。

時には、そっとしておいてほしいこともある。

「かわいそやない」に教えられる朝。

(写真は)

今日も真冬日。

冬至イブの朝の大倉山シャンツェ。

真っ白なジャンプ台に

静かに雪が降り積もる。