いつかきっと
いまはまだ。
でも、
なぜと考える。
そして
いつかきっと。
「同性婚認めないのは違憲」
「札幌地裁『法の下の平等、違反」
朝刊の一面トップの見出しが大きな一歩を伝えていました。
昨日、テレビのニュース速報画面でもいち早く知らせていましたね。
同性どうしの結婚が認められないのは
「婚姻の自由」を保証した憲法に反するとして、北海道の同性カップル3組が
国に損害賠償を求めた訴訟の判決で、札幌地裁は昨日、
同性婚を認めない民法や戸籍法の規定が
法の下の平等を定めた憲法に違反するとの初判断を示しました。
「裁判長は顔をまっすぐ見つめ、うなづきながら耳を澄ませていた」。
昨年8月の本人尋問で自ら歩んできた人生を語った原告の言葉です。
「同性愛者が社会で当たり前に存在することが裁判長に
肌感覚で伝わった」と弁護団の中心弁護士も語っていました。
同性カップルも、異性カップルと変わりなく、
ご飯を食べたり、旅行したりしながら、この社会に生きている。
愛する人とともに語り、仕事をし、助け合って生きている。
だが、そんな「普通の幸せ」が法的に認められていない。
なぜ?
判決はこの「なぜ?」、同性婚を認めない現在の婚姻制度は
同性愛者に対する「不合理な差別」にあたると断じています。
さらに個人的に強く印象に残ったのは判決文の中の
「圧倒的多数の異性愛者の理解や許容なければ
同性愛者が利益の一部であっても受けられないのは、
あまりに保護が欠けていると言わざるをえない」という部分です。
同性カップルを含めてマイノリティーの人権は守るべきもの。
数の大きい声が認めなければ、数の小さな声が届かないなんて、
そんな社会であってはならない。
多様性を重んじる社会へ向かって、行政、立法、司法も、みんなが
歩みをスピードアップしていかなくてはならない、そう読めました。
今朝の北海道新聞の卓上四季が道内出身の七崎良輔さんの著書、
「僕が夫に出会うまで」に書かれた体験を紹介していました。
20年前、小学校の帰りの会で教師がみんなに
「七崎君ってオカマかい?」と尋ねたそうです。
児童たちは答える。「オカマじゃありません」「普通の男子」です。
先生はそう呼ばれている七崎君を心配したのだろう。
子どもたちも七崎君を思って「普通の男子」と言ったのだろう。
だが、七崎君の頬に涙が伝った。
自分は、普通じゃないんだ。
「普通」を強いる、多数派の無意識の残酷さだ。
七崎さんは2015年、江戸川区役所にパートナーと共に婚姻届けを提出します。
その時の担当者が窓口で申し訳なさそうにこう言ったそうです。
「今はまだ受理できないんです」。
七崎さんは「今はまだ」に「いつかきっと」の希望を見出したそうです。
小学校の帰りの会で、多数派の無自覚に涙してから20年。
社会は大きく変わっていないけれど「今はまだ」。
2021年春「いつかきっと」の「いつか」がぐっと近づく判決が出た。
でも、「今はまだ」の道の途中。「今はまだ」なのは、なぜ?
なぜ?と問い続けることで、「いつか」が現実になるんだと、思う。
(写真は)
春が近づく。
おやつは桜あんぱん
夫と半分こした。
美味しさは2倍になる。

