思い出食堂
今はもう
記憶の中だけで
味わうしかない
懐かしく美味しい
思い出食堂
「忘れられない飲食店はありますか?」
朝刊の土曜版での読者アンケートのテーマです。
なかなか以前のように気軽に飲食店を利用しにくい昨今、
お客さんが減って厳しい状況を強いられ、
ひっそり暖簾を下ろすお店を見つけると胸がふさがれます。
アンケートの結果、忘れられない飲食店があると答えた人は74%。
飲食店はただ食べる、飲むだけの場ではないということですね。
多くの人々の記憶に残り、人生に彩りを与えてくれる存在。
誰しも忘れられないお店がある。
「そのお店はどこに?」との質問には
「学生時代に過ごした街」「赴任先など過去に住んだ場所」
「現住地の近く」「旅先」「ふるさと」との答えが続きましたが、
今は「つながりはない」という人が最も多く、
やはり、忘れられないお店は、思い出の中にあるようです。
お腹いっぱい食べられた安くて美味しい学生街の定食屋さん、
人生勉強もさせてもらったバイト先の居酒屋さん、
週4で通った喫茶店、単身赴任先の飲み屋さんなどなど。
思い出は尽きないけれど、今はどうなっているかとネット検索、
グーグルストリートビューで見たらさら地になっていたという声も。
亡き母と通院のご褒美に行った回転ずし店をあげた60代の女性は、
「思い出がありすぎて母を見送った後は行けていない」と言います。
お店はもう思い出の中にしかなかったり、
お店はあっても、そこの思い出が切なくて足が遠のいたり。
飲食店は人生に寄り添う大切な場所なのだと痛感します。
昭和の昔、室蘭の実家の近くにあったラーメン屋さんから
たまに、ごくたまに「出前」をとることがありました。
親戚やいとこなど集まった時だったような気がします。
急な来訪などで食事の準備ができなかったからなのか。
いつもは母手作りのご飯が当たり前だったから、
「出前」という非日常が物凄く嬉しくてはしゃいでいたものです。
「まいど~!」の声とともに玄関の上がり框に銀色のおかもちが置かれ、
澄んだスープの塩ラーメンの丼が慎重に取り出される光景を
くっきり、それはあざやかに今でも覚えている。
すでの当時から、食いしん坊だったのだ。
そうだ、夏には、このお店から「かき氷」も出前してもらったなぁ。
コンビニもカフェもない昭和の時代、昔はあったのよ、かき氷の出前。
そのお店が家から200mも離れていなかったからかな~、
乳白色の足つきのガラスの器に入ったイチゴのかき氷が、
銀色のおかもちの中にラーメン丼の替りに並んでいるのは、圧巻だった(笑)
でも、あのお店は今?とグーグルストリートビューで見ることはない。
とっくになくなっていることを知っているから。
私が室蘭で暮らしている間に別のラーメン屋さんに変わっていったし、
そのお店もないだろう、というか、店が入っていた建物自体、
年数を考えただけで現存するわけもない。
ふるさとの街もお店もすっかり変わった。
でも、思い出食堂は、記憶の中で、今も営業中だ。
澄んだ塩味のスープに徐々に沈んでいくお麩の真中のピンクの渦も
しっかりした味のメンマや極薄切りされたネギも
袖なしワンピにいちごシロップをこぼさないように食べたかき氷も
食いしん坊の海馬においしく刻まれている。
思い出食堂。
懐かしくて美味しい
記憶の味。
(写真は)
今朝の明け方の空。
春の朝焼けは
イチゴシロップの色だった

