リンゴとバナナ

あたりまえ

だけど

あたりまえじゃない

大切にしたい

リンゴとバナナ

今朝もどこかで雪が降ってる?

北海道上空に寒気が入り込んだ影響で昨日は札幌でも雪が降り、

もしかしたら、これが見納めの雪か、と感慨深く眺めておりましたが、

今日も朝から昼にかけて道央や道南で積雪状態になる可能性があるようで、

今季最後の雪はいつになるのか、まだわかりませんね。

気象台が観測するその冬初めて降った雪が「初雪」、

春になって最後に降った雪が「終雪」となりますが、

札幌の終雪の平年日は4月19日。

桜前線は記録的なハイペースで北上中ですが、

見納めの雪と桜開花との追いかけっこ、はたしてどうなることでしょうか。

な~んてことを思いながら、朝刊をめくる朝。

読者投稿欄にリンゴとバナナに関する印象的なお話が載っていました。

リンゴとバナナ。どちらもとっても身近な果物、

私も毎朝ヨーグルトに入れて食べていますから、必ず買い置きしています。

ひとつは17歳の女子高校生の投稿で、

妹さんの通う中学校でリンゴをウサギ型に切る調理実習があったのですが、

新型コロナ感染防止のため、使ったリンゴは食べずに廃棄されたのだとか。

その数、学年全体で40個。

感染防止はわかるけれど、どうにも納得いかない、という内容でした。

う~ん、同感です。

調理実習でうさぎリンゴの作り方を学び、40個のリンゴを捨てる。

なんだか、すっきりしない。ほかに方法はなかったのだろうか。

妹さんは学校で食品ロスについて勉強したばかりで矛盾を感じているらしい。

もっともだ。

彼女は言います。感染防止の大切さはわかる。ならば、自宅でスマホなどで

実技の様子を撮影し提出する方法だってあるんじゃないだろうかと。

職員室でリンゴ40個の廃棄を決める前にもっと柔軟な発想は出なかったのか。

「食卓に食べ物が並ぶのは当たり前のことではありません」。

17歳の言葉が胸にささりました。

そのすぐ下の欄の投稿は50代後半の女性からでした。

「自分で買ったバナナがおいしい」。

買物は車椅子生活の母を車に残し、そそくさと済ませる毎日でしたが、

ある日、母お気に入りのCDを求めに入ったお店に椅子が二つ用意されていて、

お母さんは安心したように腰を下ろし、買い物を楽しんだのだそうです。

その姿をみてこう思うのです。「家族が買ったものもいいけれど、

自分が苦労して買ったバナナはひと味違うはず」。

介護が必要な人のために「お店に椅子一つ、できれば車椅子一つ

置いていただければありがたいです」と結ばれていました。

もし、自分が年を重ねて自立生活が難しくなり、

暮らしの色々な場面を人の手に委ねなければならなくなっても、

自分で品物を見て、手に触って、品定めして、値段を考え、買ったバナナは、

多分、絶対、格別に美味しい。意欲と達成感が食欲増進にもつながるだろう。

「お買い物」は大切な大事な自己実現であり、社会活動だと思う。

お店に椅子一つ、車椅子一つなどバリアフリーな配慮があれば、

買物が困難な人たちにとっての物理的な障壁は少なくなるだろうし、

高齢者施設への移動販売などがもっと一般的になれば、

自分で買った格別に美味しいリンゴやバナナを食べられるのだ。

毎日当たり前に食べられるリンゴとバナナ。

でも、当たり前なんかじゃない。

作る人、運ぶ人、売る人、色々な人の力があって、買う人になれているんだ。

食べ物を大切に、食べ物を買うことも大切に。

リンゴとバナナに教えられた朝。

(写真は)

今朝の札幌は青空。

でも広い北海道のどこかで

4月の雪が降っているかも。

終雪は、いつ?