サクラ遺伝子

桜が咲いた。

いちばん近くの

桜が咲いた。

心身が浮き立つ

ああサクラ遺伝子よ

我が家的局所的限定的、桜開花宣言!

家の前の桜並木は毎日ベランダから開花状況を観測していましたが、

春の青空に恵まれた昨日の午後、もしや?と期待を込めて駐車場へ。

敷地内にある一本桜の様子を見に行ったら・・・

おおお~~~!!!

2,3輪・・・いや、4,5,6輪ほど咲いている!!!

青空に映える一本桜を仰ぎ見ながら、一人高らかに開花宣言(笑)

2021年、色々色々本当に色々あった1年でしたが。

ちゃんと春が来た、ちゃんと桜が咲いてくれた。

なんだか、涙がにじんできた。

世界は未知のウイルスに翻弄され、今も収束が見えませんが、

それでも、ちゃんと季節はめぐり、ちゃんと桜は咲いてくれた。

きっと大丈夫、明るい未来はちゃんとやってくるって思えてきた。

桜は不思議だ。

小さな花が数輪咲いただけで全身の細胞が活性化するような気がする。

ほかにも美しいきれいなお花は数あれど、桜の開花は、別格だ。

わたしたちには「サクラ遺伝子」が組み込まれているのかもしれない。

日本人は太古以来、桜を愛してきた。

文学者の中西進氏のエッセイ「日本人と桜」を読み返してみると、

日本人は奈良時代には梅が好きで平安時代から桜が好きになったとの通説は

間違いだと書いてありました。むふふサクラ遺伝子説を裏付ける証拠?(笑)

奈良時代にできた万葉集で一番多く詠まれている花が梅だったことが

「昔は梅が好きだった」説の論拠となっていますが、

中西氏によると、これは当時の貴族のハイカラ趣味によるものだとか。

つまり憧れの中国トレンドの影響が大きかったのですね。

歌人たちは梅見を催して客人を招き一斉に梅の歌を作り、

さらに後からこの時の梅の歌を偲んでさらに歌が詠まれたりしたことで

万葉集に梅の歌がわんさか収められている、らしい。

なんだか現在のSNSによる情報伝達現象と重なってきますねぇ。

当時のインフルエンサーである歌人が梅イベントを開催し、

梅が梅を呼ぶががごとく梅の歌が拡散しブームとなり、

まるでみんながみんな桜よりも梅が好きって空気が醸成される構造。

中国趣味の梅ってイケてるよねぇ~という空気ですな。

しかし、イベントに明け暮れる貴族はさておき、

一般のフツウの人々、つまり民衆は熱列に桜を愛していたそうです。

さらに平安時代の初期までは宮中正殿の庭には

中国好みの梅と橘が植えられていましたが、火事で焼失後は

貴族も素直な日本趣味に従って桜と橘に替えたのだといいます。

「桜花 時は過ぎねど みる人の 恋の盛りと 今散るらむ」

桜を詠んだ万葉集の1首に桜の遺伝子があると中西氏は指摘しています。

桜はなぜ散るのかと考えた歌で、見る人が今一番自分を愛していてくれると

桜が思うから、しおれるのを待たないで散るのだという意味なのだとか。

あまりに美しい花の姿が限りある命の代行者として映ったのではないか。

万葉人は命の絶頂期で散る桜に濃密な生への欲求をみたのではないか。

桜はぱっと咲いてぱっと散るから潔いなとという短絡的なものではない、

桜が教えてくれる命の大切さを歌っているのではないか。

それが日本人に組み込まれた桜の遺伝子ではないか。

そんな指摘がしみじみ染み渡ってきます。

毎年、毎年、春が来るとちゃんと咲いてくれる。

令和三年の春にも、ちゃんと咲いた。

桜はわたしたちに何かを伝えるために咲く。

その何かを考えずにいられない、

多分、それがサクラ遺伝子、なのかもね。

桜が、咲いた。

(写真は)

2021年4月15日

わが家の駐車場の一本桜が咲いた。

身体の奧底から元気がわいてくる。

サクラ遺伝子が活性化♪