原点で頂点のお菓子
首里城復興のために
みんなで
力をあわせよう
ちばりよー琉球
原点で頂点のお菓子もね
11月中旬2泊3日滞在40時間の沖縄弾丸実証実験ツアーを決行。
感染対策を十二分に講じて、4年ぶりの沖縄を尋ねました。
金曜18時に那覇空港到着、宜野湾の超人気ビストロ「加藤食堂」で夕食、
翌日は開門時刻に合わせて首里城へ。
2年前の火災から立ち上がる「見せる復興」を目の当たりにしました。
沖縄の宝である首里城復興のためにみんなで力をあわせよう。
そんなエネルギーは首里の城下町にも息づいています。
焼失した首里城内の書院「鎖之間(さすのま)」で琉球菓子を提供していた
伝承200年の老舗「新垣カミ菓子店」です。
「鎖之間」はかつて中国皇帝の使者や薩摩役人を接待した王子の控え所で
2年前の火災前まではここで琉球王朝時代から伝わる伝統菓子が
芳しいさんぴん茶(ジャスミン茶)とともに振舞われていて、
私も首里城を訪れるたびに楽しみにしていました。
2年前の火災で「鎖之間」も焼失、
王朝文化を偲ばせる「呈茶」も体験できなくなってしまいましたが、
去年夏から焼け残った「系図座・用物座」で再開されたようです。
もちろんお菓子を提供しているのは「新垣カミ菓子店」。
今回は弾丸ツアーで時間が限られているため「呈茶」は断念、
首里城を後にし、首里の城下町にあるお店を訪ねることにします。
何度も通ったお店ですが、昔ながらの城下町から成り立つ閑静な住宅街、
路も狭く入り組んでいて、おぼろげな記憶では行き着けない。
レンタカーのナビに電話番号を入力して導かれるままに
車2台がすれ違えないほど狭い道をくねくね車を進ませると・・・
ああ、ここだ!一見、お菓子屋さんとは気づかず
うっかり通り過ぎてしまいそうな民家風の建物の1階に
見覚えのある年季の入った木の看板がありました。
「伝承二百年 新垣カミ菓子店 琉球菓子舗」。
小さな扉を開けると、お店というよりほとんど作業場の空間が。
三角巾をつけた女性がお菓子作りの手を止めて
「いらっしゃいませ」とにっこり出迎えてくれました。
「新垣カミ菓子店」は約200年前の琉球王朝時代に
王府の包丁役(料理方)を拝命されていた5代前の父祖、
新垣親雲上淑規(あらかきぺーちんしゅくき)が開祖で中国伝来の中国菓子と
日本の菓子製法の技術を取り入れ、琉球独特のお菓子を作り上げ、
琉球王朝御用達として伝えられた貴重な伝統菓子を作り続けてきた老舗です。
ちなみに「カミ」さんは戦中戦後と伝統の味を守ってきた女主人の名前。
古来からの作り方を守り続けた「ちんすこう」や「花ぼうる」などは
那覇市内ではほとんど出回らず、首里城「鎖之間」でいただくか、
この首里城下町の小さなお店でしか入手できないレアな琉球菓子。
個人的に沖縄で一番おいしい「ちんすこう」はここだと思う。
お菓子はほとんどこの小さな作業場で手作りされているので、
その時のタイミングで出会えないものもあって、
今回は「ちんすこう」と「ちいるんこう(卵の蒸し菓子)」をゲット、
残念ながら美しい焼き菓子「花ぼうる」は午後の焼き上がりだそうで、
泣く泣くあきらめました。
でも、大満足、ここのお菓子を買えただけで飛行機に乗って
はるばる4年ぶりに沖縄に飛んできた甲斐があるというもの。
新垣カミ菓子店では「鎖之間」で提供されていた琉球菓子とさんぴん茶を
セットにした商品の売り上げの一部を首里城再建の支援金として寄付。
伝統の美味しい菓子で「ちばりよー琉球」というわけですね。
お店は昔ながらの変わらぬ佇まいですが、HPはなかなかお洒落。
トップページのちんすこうの写真にはこんな素敵なコピーが添えられています。
「原点であり頂点 ゆくる×ちんすこう」
「ゆくる」とは「くつろぐ 休憩する」という意味の沖縄の言葉。
二百年続く伝承の琉球菓子でほっと一息。
ゆくりながら、首里城再建へ、みんなでちばりよー。
原点で頂点の琉球菓子をお土産に買えた。
さあ、残り時間30時間をきりました。
我が心の癒しスポット。
読谷村やちむんの里へ。
レンタカーを走らせます。
(写真は)
首里の城下町
ひっそり佇む老舗
「新垣カミ菓子店」
見逃さないように♪



