語る場所
また一歩、秋が深まりそうです。
札幌は昨夜から雨模様、朝もどんより重たげなグレーの空から雨が降っています。
空気はひんやり、もう、家の外でも中でも半袖はお役御免のようですね。
ホットコーヒーの温もりに癒される季節となりました。

天気予報では今年の秋の歩みはゆっくりとのことでしたが、
昨日、自転車に乗った女性は秋のコートをしっかり羽織っていました。
風を切って走るには、もうそれなりの身支度が必要な時季なんですね。
そろそろ衣替えしなくちゃねぇ。
灰色の空を見上げながら、昨日の番組特集のことを考えていました。
コメンテーターとして出演させて頂いたHBC「今日ドキッ」の報道特集のテーマは
「北海道 強制労働の記憶~封じられた悼む碑」。
戦時下、北海道の各地では厳しい監視のもと、いわゆる「強制労働」が進められ、
朝鮮の人や日本人など多くの命が失われました。
戦後、犠牲者を悼む慰霊碑が建てられましたが、そうした動きが封じられたマチもあったのです。
VTRの前半では雨竜ダムや鉄道建設などで数千人が動員され、約250人が死亡した幌加内で
犠牲者の遺骨を発掘し遺族に届けてきた僧侶の殿平善彦さんの活動が紹介され、
当時の酷い労働状況を幼い頃に目撃した地元の方の証言もありました。
こうした加害の歴史を伝えるために設立されたのが「笹の墓標強制労働博物館」です。
そして後半、カメラが向かったのは猿払村。戦時中に旧日本陸軍が浅茅野飛行場を建設、
強制労働によって約120人が死亡し、20年前に39体の遺骨が発見されました。
犠牲者を悼むため、慰霊碑建立が進められましたが、共同墓地での除幕直前に
「正式に許可を取ったのか「なぜ村有の墓地にそんなものを建てるのか」など抗議の電話が殺到、
「村民の安全が優先」とし、村は設置を中止、その後12年を経て幌加内の地に建立されたのでした。
「忘れたいと思っている人もいるかもしれないけれど、
忘れないでいることの方が、私たちの社会の未来にとても重要で意味がある」。
幌加内の慰霊碑設置に尽力した殿平さんの言葉が強く心に残りました。
戦後80年、語る場所と語る人、未来への道標を深く考えさせられました。
土を深く慎重に堀りだした地中からご遺骨が発掘される映像には、一瞬、息が止まりました。
表面の明るい色をした土とは違う、暗く湿った土が頭部の眼窩に詰まっています。
発掘した人たちがそれを丁寧に取り除き、きれいにぬぐっていきます。
幾体も折り重なり地中深いところで眠っていたのです。
ご遺骨は太く壮健な骨に見えました。
おそらく働き盛りの20代か、もしかすると10代の若者だったかもしれない。
生きていたら、おじいさんになって孫たちに囲まれていたかもしれない。
彼らのあったかもしれない、あるべきだった人生を奪ったのは、
戦争であり、加害の歴史である強制労働だった。
そこに身を置く。笹の墓標博物館や慰霊碑など歴史を伝える場所にいってみること。
忘れてはいけない死者の語りを想像すること。
歴史への色々な意見や見方はあると思いますが、
今を生きる人々が立場や考えの違いを乗り越えて「語る」ことがいかに大切かを痛感しました。
語るためには
語る場所が必要だ。
沖縄で、広島で、長崎で、多くの語る場所を訪れた。
歴史を知り、学び、考え続けるために、語る場所は、必要だ。

秋のお彼岸。亡き父の大好きだったおはぎを供えた。
あんこ好きだった父の戦争の記憶をきちんと聞けないまま逝ってしまった。
何度も機会はあったかもしれないのに。
手を合わせながら、心で対話する。


