ぬちぬちるがたん

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生き抜いて

くれたから

今がある

ぬちぬ

ちるがたん

戦後80年の「慰霊の日」を迎えた昨日の沖縄。

日米合わせて約20万人が犠牲になった沖縄戦の戦没者追悼式が

最後の激戦地となった摩文仁の丘にある平和祈念公園で行われました。

真夏の日差しが降り注ぐなか、11歳の少年が「平和の詩」を朗読しました。

題名は「おばあちゃんの歌」。

豊見城市立伊良波小学校6年生の城間一歩輝くんが

祖母キヨ子さんが5歳で体験した沖縄戦で負った体と心の傷に

思いを寄せて綴った詩でした。

防空壕に投げ込まれた手榴弾で太ももに大けがを負ったおばあちゃん。

命は助かったけれど、ずっと苦しんでいた。先生に叱られても

その傷が見える体操着に着替えることができなかった。

そんなおばあちゃんは「慰霊の日」、一年に一度だけ歌う。

子どもたちに空襲警報が聞こえたら防空壕への避難を促す歌を

おばあちゃんは「笑顔で歌ってるから楽しい歌だと思っていた」。

もう一つ、おばあちゃんは一年に一だけ歌う歌がある。

「泣きながら歌っているから悲しい歌だとわかっていた」。

「うんじゅん わんにん 艦砲ぬくぇーぬくさー」。

その歌は戦後に生まれた沖縄民謡「艦砲ぬ喰ぇー残さー」。

「あなたもわたしも 艦砲射撃の食い残し」という意味です。

「鉄の暴風」と呼ばれた米軍の猛烈な爆撃にさらされ。

激しい戦火から生き残った人々のことを歌っているのです。

おばあちゃんは歌った後に

「『あの戦の時に死んでおけば良かった』と言うからぼくも泣きたくなった」。

でも「『艦砲射撃の食べ残し』と言われても、

生きていてくれて本当に良かったと思った」と一歩輝きんは綴ります。。

「おばあちゃんに『生きていてくれて本当にありがとう』と伝えると

両手でぼくのほっぺをさわって」おばあちゃんが言った。

「生き延びたくと、ぬちぬ ちるがたん」。

生き延びたから、命がつながったんだね。

追悼式の中継映像を観ながら、涙が止まらなくなった。

おばあちゃんの苦しみ、それを一生懸命理解しようと心を寄せる11歳の少年。

詩の後半になると朗読する一歩輝くんの表情が

時折、きゅっと唇をかみしめて何かを我慢しているように見えた。

会場にいるおばあちゃんを見ないようにしていたと朝刊記事にあった。

おばあちゃんの顔を見たら泣いてしまうから。

中継カメラが祈るように見つめる高齢の女性をとらえていたが、

おばあちゃんのキヨ子さんだったのだろうか。

「この世の地獄を集めた」と言われた沖縄の地上戦を生き延びた人々が負った

癒しがたい傷を表す「艦砲ぬくぇーぬくさー」。

忘れてしまいたい記憶だけど、一年に一度、その歌を歌う。

となりで両手を合わせてウートートーをする未来の世代に

なんとしても伝えなければいけないことがある。

ぬちぬ ちるがたん。

命をつなぐ。

つながれた命を大切に。

詩はこう締めくくられています。

「おばあちゃんが繋いでくれた命を大切にして

一生懸命生きていきます」

ぬちどぅたから。

命どぅ宝。

命こそ宝。

戦後80年、心に刻む。

(写真は)

真夏日の札幌

サツキは満開

命が咲き誇る