天竺牡丹

はるか彼方の異国からやってきた。
華やかで絢爛豪華な花。
その美しさに魅せられてついた名前もまた文学的だった。
その名は「天竺牡丹」。


ご近所の花屋さんの店先にその花が咲き誇っていました。
「ダリア」です。
南米メキシコからグアテマラの高知が原産のダリアという名前は
この花を紹介したスウェーデンの植物学者アンドレ―・ダールにちなんだものです。

1842年にオランダを通じ日本に伝わり、明治時代中頃から盛んに栽培されるようになり、
その和名が「天竺牡丹」、なのです。
「天竺」はインドのことを指しますが、広義では遠方や舶来を表す言葉だそうで、
はるか彼方の意奥からやってきた牡丹に似た美しい花という意味が込められているのです。

「ダリア」という名前もゴージャスなイメージがあって素敵ですが、
「天竺牡丹」という名前にも惹かれますね。
遠い異国への憧れ、旅情などが感じられて、とても想像力をかきたてられます。
なんとも文学的な響きに、一句、詠めそうな気もしてくる。

と思ったら、やっぱり、俳人の心を射止めていたようですよ。
正岡子規がこんな一句を読んでいます。
「天竺牡丹活けて秋」
さすが、潔く、季節と情景を表現しています。

「天竺牡丹」は夏から秋にかけての季語。
子規のお庭に咲いたダリアなのでしょうか。
大輪の艶やかな花を活けた瞬間に秋が来た。
曖昧な季節の移ろいをパキッっと断ち切るようなダリアの存在感を表しているようです。

「天竺牡丹活けて秋」
天竺牡丹=てんじくぼたん、だから、リズムも漢字のヴィジュアルもイイ感じになるんだな。
「ダリア活けて秋」だと、ちょっと字数も足りないし、
天竺牡丹という表記それ自体が、なんか文学的でゴージャスなのだ。

伝統的な俳句に革新をもたらした正岡子規。
子規の俳句はまるで動画のようだ。
五七五のわずか十七音でその瞬間の映像が浮かび上がってくる。
自然や事物をありのままに写生する俳句は、今を生きている。

先日、子規の直筆による未発表の俳句2句が新たに発見されました。
「ふしのやま 鶴も飛はさる年始哉」「夕風やきつてはなちいかのぼり」
明治31年の正月に子規のもとを訪れた客が芳名帳代わりに句を記帳した「歳旦帳」の中から発見されたもので
富士山がきれいで、これで鶴が飛んでいたら申し分ない年始だったね、
風にのった凧(いかのぼり)の糸を切ったら、どこまで舞い上がるかね、という二つの句です。

明治31年、31歳の子規は脊椎カリエスの激しい腰の痛みからこの年の春に2度の手術を受けますが、
夏以降は歩行や座ることも次第に難しくなっていくなか、自らの命を削るように文学活動と後進の指導をを続け
その4年後の明治35年9月19日に34歳で亡くなります。
病状が病が進む中での正月、子規は、まさに彼らしいユーモアある茶目っ気たっぷりの句を詠んでいたのです。

まもなく9月19日。
亡くなる直前に糸瓜を詠んだ絶筆の三句にちなみ「糸瓜忌」と呼ばれます。
「をとゝnへちまの水もとらざりき」
咳止めの薬とされた糸瓜の水もとれなかった無念さが胸に迫ります。

「天竺牡丹活けて秋」
糸瓜忌がちかづく9月。
子規を偲んで天竺牡丹を飾りたくなりました。
大輪の花が秋を告げています。


天竺土丹はダリアの別名。
ダリアの花言葉は「優美」「希望」です。