子どもでいられること
札幌は朝から真っ青な夏空が広がっています。
円山のセミが一生懸命鳴いています。
どこか夏の終わりを予感しているかのようにも聴こえます。
昨日8月9日の朝の空を思い出す。

青い夏空を覆い隠すように白い雲が広がっていました。
昨日8月9日、原爆投下から81年を迎えた長崎では平和祈念式典が開かれました。
被爆者の平均年齢が86歳を超え「被爆者なき時代」が現実味を増す中、
98か国の大使や一般参列者など約3790人が黙とうを捧げ、犠牲者を悼みました。
被爆2世の鈴木史郎長崎市長は平和宣言で核兵器は「絶対悪だ」と指摘、
核に頼らない安全保障政策への転換を求め、「長崎を最後の被爆地に」と誓いました。
「平和への誓い」を読み上げた被爆者代表の87歳の本村チヨ子さんの言葉が忘れられません。
「指導者には幼い子が泣きながら裸足で彷徨う姿が見えないのでしょうか」
6歳のあの朝、縁側で大きく異様な火の玉が炸裂、とっさに上に覆いかぶさった祖母は背中に大きな傷を負い、
一度も仰向けに寝られないまま翌年の春に亡くなります。
「おまえがそこにおらなんだら」という親戚の言葉に傷ついたと朝刊記事が伝えていました。
祖母を犠牲に生き残ったような負い目を感じながら81年を生きてきたのです。
胸が痛む。原爆は命が助かった子どものその後の人生も深く重く傷つけ続けるのだ。
おばあちゃんは私をかばって亡くなった。私がそこにおらなんだら。自分で自分を責め続ける81年の人生を強いたのだ。
遊びたい盛りの6歳の子どもが、原爆の責任を、小さな背中に一人背負っているかのようだ。
いや、背負わせているのだ。原爆という「絶対悪」が。
本村さんはロシアやウクライナの戦争をニュースで見るたびに思う。
こうした国々の指導者の方々は幼い子が泣きながら裸足で彷徨う姿が見えないのでしょうか。
「祖母の命と引き換えに81年間、十字架を背負って生きてきた私の記憶はただの昔話なのでしょうか」
戦争が起きると、子どもが子どもでいられなくなる。
戦争の罪は、未来を生きる子どもの人生に希望の代わりに重い十字架を背負わせることだ。

長崎の爆心地から500mの位置にあった浦上天主堂。
崩壊した赤レンガの大聖堂は1959年に再建されました。
被爆のマリア像や爆風で落下した旧鐘楼などの被爆遺跡が残されています。
長崎を旅した時にその浦上天主堂でいただいてきたロザリオです。
ラテン語のロザリウム=バラの冠に由来するロザリオは
珠を手繰りながら祈りの言葉を唱えることをバラの花で冠を作ることに例えているそうです。
緑の丘に佇む美しい赤レンガの天主堂の姿を思い出します。
アンジェラスの鐘が鳴り響くあたりの住所は「平和町」でした。
平和とは
子どもが子どものままでいられること。
8月の夏空を見上げながら思った。


