夏の終わりに

夏休みが終わりました。
札幌市内の小学校では今日が始業式。
30日間の夏休みは終わり、2学期が始まりました。
夏休みの宿題や自由研究を手に登校した子どもたちで教室賑わっていることでしょう。


ご近所の花屋さんの店先は終わる夏を惜しむかのように
太陽の色をしたひまわりの花々が並んでいました。
夏を象徴する鮮やかなサンフラワーイエローから
秋色のシックな花へとお花屋さんの店先もそろそろ衣替えの季節になりますね。

夏休み。プールにキャンプに夏祭り、盆踊り、おじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行ったり、
海や山へ家族旅行に出かけたり、BBQしたり、ゲーム三昧だったり、思い出もいっぱいでしょう。
2学期が始まった教室はワイワイ、ガヤガヤ、楽しかった夏休みの思い出話で盛り上がっているのかな。
でも、でもね、みんながみんな、夏休みが楽しかったわけではないかもしれない。

夏休みもお父さんお母さんは忙しくてどこにも連れていってもらえなかったり、
物価高が続く昨今、家計も厳しく、子どもの昼食事情に不安を抱える家庭も少ないないと聞く。
経済格差が体験格差とも言われ、夏休みが100%楽しいとは限らないのだ。
また、なかには久しぶりの学校に行きたくないという子どももいるかもしれない。

先日の北海道新聞の卓上四季がそんな子どもたちへのメッセージを綴っていました。
勉強や友だちのこと、いろんな心配はつきもの、生活のリズムは崩れてしまうことだってあるとし、
「もし、そうだったら、けっして無理することはありませんよ。お休みを続けていいと思います。
調子が戻ってくるまで、のんびり、ゆっくり、あせらずに」と。

子ども時代は遠くなってしまった大人だけれど、読んでいて、ほっとした。
そして、思い出した。
そうだ、子どもは、大人が思うほど単純じゃなくて、けっこう、メランコリックなものなのだ。
夏休みにはしゃいで遊んでいても、その心の中は、かなり繊細だと思うのだ。

夏休みが終わってしまうことの淋しさ。
長い休みの間会っていなかった友だちとうまく付き合えるのかみたいな不安。
学校は子どもにとって「社会」そのものだから、あれこれ不安や心配が募ってもおかしくない。
特に取り越し苦労気質の子どもだったから、休み明け前日は、けっこうメランコリックだった。

「いじめ」というもっともっと深刻な不安を抱えている子もいるだろう。
夏休み明け、子どもたちは元気に登校、2学期が始まりました、と大人目線でくくってしまいがちですが、
夏の終わり、小さな胸が不安でいっぱいの子どももいるかもしれないよねって思うのだ。
だから、卓上四季氏のメッセージが心に沁みた。

井上陽水の「少年時代」の歌詞が蘇る。
「夏が過ぎ 風あざみ・・・」
夏の終わりの青空に取り残されたような切ない心模様が描かれる。
夏の終わり。大人も子どもも、メランコリックになる季節なのだ。


夏の終わりのヒマワリに
元気をもらう。