100年の夢
わずか7分の逆転劇だった。
W杯準決勝、アルゼンチンがイングランドに2-1で逆転勝利、決勝進出を決めました。
日本時間の今朝4時開始の試合はイングランドが先制、1点を守きろうとしましたが、
後半40分過ぎからメッシの2アシストで鮮やかすぎる逆転、アルゼンチン、しぶとい、強い。
昨日はフランスが何もできないまま、スペインに2-0で完敗。
個人的にも優勝候補だと確認していたフランスの攻撃があれほど封じられるとは。
個の力ではフランスが上だと思いますが、スペインは実力ある選手全員による組織力が凄い。
さあ、決勝はアルゼンチンvsスペイン、メッシvsヤマル、神の子vs神童。面白過ぎる。

劇的なアルゼンチンの勝利を見届けて見上げた今朝の空。
う~む、今日もどんより重たげな曇り空、しかも湿度、気温ともに高い。
しかし、こんな曇り空が歴史を変えることもある。
北海道の空の玄関口の話だ。
昨日7月15日(水)コメンテーターとして出演させた頂いたHBC「今日ドキッ!」では
今年開港100年を迎える新千歳空港のルーツに迫りました。なぜ「新」がつくのか?
それは1955年に開港した元祖「千歳空港」が高度経済成長期に航空需要が爆発的に伸びたこと、
自衛隊と民間の共用空港だったため、冷戦時代はスクランブルのたびに民間機が待機していたことなどから、
1988年に民間機専用の「新千歳空港」が誕生したゆえでありました。
では、そもそも、元祖「千歳空港」の100年の歴史はいつ始まったのか。
誕生のきっかけは1926年(大正15年)、当時の千歳村に鉄道の駅が建設され、新聞社が旅行会を企画、
村民のおもでなしのお礼として、新聞社所有の飛行機を飛ばし、上空から新聞宣伝のビラをまくと提案したところ、
「飛行機を見たい!」という村民が熱望したのが始まりだったのです。
しかし、飛行場はない。だったら、自分たちで作ればいい!
なんと、大人も子どもも含めて住民150人ほどが手作業で飛行場を作ってしまったのです。それもわずか2日間で。
重機もない時代、スコップやクワをふるって笹や草木を取り払い、土を踏み固めたまさに手作りの飛行場だ。
国も軍も頼らずに、村人自身の力で100年前に作り上げた飛行場が千歳空港、新千歳空港のルーツなのです。
「飛行機が見たい」という人々の強烈な願望が胸を打つ。
遠い空のかなたから豆粒のように見えた飛行機が翼を広げる鳥のようにぐんぐん近づき、目の前に着陸する。
100年前の熱狂、歓声が想像できる。当時の人々にとっての飛行機は夢の乗り物。
今で言えばスペースシャトルやスペースXみたいな存在だったかもしれない。
手作りの飛行場はその後、拡張工事が行われ海軍の基地となり、終戦間際、存亡の危機に見舞われます。
1945年7月14日と15日の北海道空襲、全道が標的となりましたが、千歳上空は分厚い雲に覆われて奇跡的に爆撃を免れていたのです。
もし、晴れていたら、爆撃を受けていたら、今の新千歳空港はなかったかもしれない。
「空港」というフィルターを通して顧みる100年の歴史。
「飛行機を見たい」という素朴で熱烈な思いから生まれた手作りの着陸場が
戦時中は海軍の基地となり、奇跡的に空襲を免れ、戦後は一時アメリカの管理下に置かれ、
その後自衛隊と民間共用空港となり、冷戦時代はスクランブル発進が繰り返され、1988年に新千歳空港が開港、
現在では年間2000万人が降り立ち、日本中、世界中へ飛び立つ空の玄関口となっている。
空を飛ぶ飛行機。
100年の夢がつないできた激動の歴史。
今、新千歳空港から平和で安全な空の旅ができることに心から感謝したいと思った。
100年の夢は、次の100年へ。

蒸し暑い夏はレモンのお菓子。
もりもとのレモンスフレケーキ。
爽やかで美味し。


