平素から

夏のようなまぶしい朝日が昇った。
空は青く晴れ渡る。
頬を撫でる風が心地よい。
あの日もこんな朝だったら。


2022年4月の知床観光船事故で業務上過失致死に問われた運航会社社長の桂田精一被告の判決公判が
昨日6月17日、釧路地方裁判所で開かれ、求刑通り、法定刑の上限となる禁固5年が言い渡されました。
コメンテーターとして出演させて頂いた昨日のHBC「今日ドキッ!」でも
この裁判に関して判決理由や司法判断のポイントなどを取り上げました。

弁護側が無罪を主張する中で求刑通り、禁固5年の判決となった理由について裁判所は
事故の原因はハッチの不具合そのものではなく、強風や高波の中で船を出せば人が死亡する事故につながる危険を
被告が予見できたかが問題で、事故当日は運航基準を明らかに超える風や波が予想されていて、
被告は船長に出航中止を判断すべきだったとして検察側の求刑通り、禁固5年の実刑判決としています。

さらに判決は被告による知床遊覧船の運営の杜撰さも厳しく指摘しています。
「安全を軽視する平素からの態度が形となって表れたものとみるべきだ」。
ベテラン従業員を雇い止めにして経験の浅い船長に任せていたこと、船の通信設備も壊れていたこと、
運航管理者にも関わらず就航中、事務所不在が常態化していたこと等々、
公判で示された数々の証言や証拠がそれを裏付けているとしました。

事故当日の判断だけではなく「平素」から安全を軽視、その過失の積み重ねが事故につながった。
番組が取材した海難事故の専門家である弁護士は、操船していない運行管理者が責任を問われたのは
海事上、初めてのケースではないかとした上で、死亡、行方不明者26人という結果の重大性と
運行管理者としての注意義務違反の程度が重かった、反省の態度が全く見られなかった、
ちょっとした注意を払っていれば運航中止できたのに指示しなかったのは大きな過失だと話しています。

船に人を乗せるということは、命を乗せるということ。
その責任の重みを「平素」から自覚していれば、公判で示されたような杜撰な運営はできなかったはずだ。
事故から4年経っても、大切な人が帰ってこないご家族の苦しみ、悲しみ、痛みは癒えることはありません。
昨日の判決までに報道で知った数々のご家族の話が忘れらません。

冷たい海で亡くなった息子のお父さんは温かい風呂に入るたびに「ごめんな」と泣いて謝り、冷水を浴びるといいます。
恋人と事故にあった女性のお母さんはようやく戻ってきた娘のご遺骨を抱っこひもで抱いて、
共に亡くなった彼と暮らすはずだった街をめぐったといいます。
亡くなった小さな息子とお風呂に入る夢を見たというお父さんは「膝の上の息子のお尻の骨が痛かった」と。

お風呂、抱っこひも、小さなお尻の固い骨の感触。
何気ない家族の日常が断ち切られた。
命を乗せる人が「平素」からその重みを自覚してくれていたら。
命を守るための安全注意義務を守ってくれていたら。

あの日、風や波の予報にもっと真摯に向き合っていたら、
あの日まで、船の安全に注意を払っていたら、
4年前の4月、26人は「ただいま」と自分の家に、家族のもとに、帰っていた。
「平素から」。

判決文の言葉は、
命を預かるすべての人に重大なメッセージを発している。


夏の青空。
今朝は、悲しく見える。