うりずん沖縄旅⑦~嘉手納にて
今日は二十四節気の穀雨。
地上の穀物に天からの贈り物である恵みの雨がしっとり降り注ぐ季節、
今朝の札幌は桜前線ご一行さまの到着を祝うかのように
それは晴れやかなオレンジ色の朝日が昇ってきました。

あ、また間違えました(汗)これは先日の朝日。
今朝の朝日はこちら。

我が家の駐車場の一本桜も満開。

去年、老齢化で伐採された桜並木に植えられた若木も
健気に懸命に花を咲かせていました。

まだ細い幹からか細いながらもしなやかな枝が
まるで天をつかもうとするかのようにすっくと伸びて、
長い冬を越し、春を迎えて、桜色の花を咲かせています。
がんばれ、若き桜よ。その姿に感動する2026年桜の季節です。
さて4月上旬の沖縄へ2泊3日のショートトリップ「うりずん沖縄旅」その⑦。
今回は短い日程ということもあっても沖縄本島中部エリアを旅しました。
1日目は宜野湾市の加藤食堂で美食堪能、2日目の朝は那覇のオハコルテで絶品朝食を楽しんだ後は
今年秋に復元工事が完成する首里城を訪れ、沖縄戦の史跡「一中健児之塔」で祈りを捧げました。
首里の城下町で伝承二百年の「新垣カミ菓子店」で琉球菓子を買い求め、
レンタカーで走る車窓から石材店に並んでいた沖縄独特の亀甲墓を発見、
ふと目にした光景も沖縄の歴史や文化を物語っています。
気が付けばそろそろお昼時、今回は一度訪れてみたかったある場所をめざします。
国道58号線(通称ゴッパチ)を首里から北上、嘉手納方面をめざしてレンタカーを走らせます。
まもなく車窓の両側に広大な嘉手納基地が見えてきました。
カーナビの画面には真ん中に走る58号線以外は何の表示もありません。
ただただ広い何も描かれていないスペースが広がるだけ。
日本の米軍基地の7割が集中する沖縄の現実を映し出しています。
嘉手納基地は嘉手納町、沖縄市、北谷町にまたがる極東最大の米空軍基地。
4000m級の滑走路2本を共有し、空軍、海軍、海兵隊が共同利用する飛行場地区を有する軍事基地で
居住地区には住宅、学校、図書館、劇場、ゴルフ場、スーパーマーケットなどの施設があり、
通常は基地内には日本人は立ち入りができませんが、例外が一つだけあるのです。

58号線沿いの左側に看板が見えてきました。
「KADENA MARINA SEASIDE」
その下に「STEAK & SEAFOOD」「いらっしゃいませ」との日本語も。
米軍専用施設の嘉手納マリーナ内にあるこのレストラン、、
ここだけはパスポートも身分証も要らずに日本人のお客さんも利用できるのです。

真っ青な東シナ海に面した絶好のロケーションにレストラン「Seaside」がありました。
嘉手納マリーナは美しく整備されたマリーナやビーチも米軍専用施設ですが、
このレストランは誰でも食事を楽しむことができるのす。
店内に入ると高い天井、広々とした空間、入り口には南国のお魚が優雅に泳ぐ巨大な水槽、
そして笑顔のスタッフがお出迎え、英語で「Welcome!Inside? Outside?」と尋ねてきました。
はい、確かにここは、完全にアメリカのレストランです。
美しい海を望めるテラス席が見えたので迷わず「Outside Please」「OK♪」
まるでハワイか西海岸サンディエゴあたりのレストランにランチに来たみたい。
この日は土曜日、店内席、テラス席ともにアメリカ人の家族連れ、友人同士が多く、
さらに日本人客の姿もあり、英語とたまに日本語が聞こえてくる感じもハワイっぽい。
メニューは英語表記、お値段もドル表記、でも日本人スタッフもいるので安心。
朝食用のパンケーキやエッグべネディクトなどからハンバーガー、ステーキ、シーフードなどなラインアップは豊富。
おそらくサイズもアメリカンでしょうから、フィッシュ&チップスにシーフードのパスタをオーダー。
パスタもショートパスタかリングイネを選べるのも嬉しい。
さあ、お料理がやってきました。

パスタはボリューム満点、お皿もデカい、添えられたガーリックトーストも手のひらサイズとデカい。
けど、お味はとってもクリーミーで繊細、海老もホタテもごろごろ入っていて満足度高し。

フィッシュ&チップスは、もう安心安定の美味しさ。
お魚もポテトもカリッと揚げたて、カロリーはしばし忘れる。

デザートはバニラアイス。

お料理もアイスもサービスも英語表記のメニューもドル払いもチップも(クレジットでOK)
週末のハワイかサンディエゴでランチを楽しんでいるような気分になりました。
でも、テラス席から眺める青い海、真っ白なクルーザー、美しいビーチがあるのは、沖縄。
沖縄なのに、ここは米軍基地の中なんだ。
嘉手納町の面積の約82%が基地に占められています。
太平洋戦争前までは集落や畑が広がるのどかな場所は戦争が始まると日本軍に住民は土地を接収され、
飛行場が建設され、戦後は米軍基地となり、戦前、戦中にこの場所に暮らしていた人たちは
やむを得ず基地周辺に肩を寄せ合うように居住するしかなかったのです。
嘉手納や沖縄市、北谷の街をレンタカーで走ると、狭い土地に道が複雑に入り組み、
お互いに肩をすくめるようにして家々が建っています。
沖縄中部の海沿いや平坦で利用しやすい土地はカーナビに映らない米軍基地だという現実。
唯一日本人も入れる嘉手納米軍基地内のレストランでの週末ランチ。
お料理も雰囲気も良かったけれど、正直、複雑な後味も残るのでした。

帰りがけ、またあの看板に見送られて
嘉手納マリーナSEASIDEを後にする。
来てみなければ、体験しなければ、肌で感じられないこともある。
嘉手納にて。


