福の島

15年。
長かったのか、短かったのか。
決して簡単には計れない時間だったと思う。
2011年3月11日、あの日から15年経った翌朝です。


3月12日の札幌は少し憂いを帯びた曇り空です。
「15年 希望を諦めない」「15年 過去にさせない」
3・11から一夜明けた今朝の朝刊各紙1面の見出しは
東日本大震災で奪われた命や暮らしを思い、祈りを捧げた昨日を伝えていました。

昨日3月11日、コメンテーターとして出演させて頂いたHBC「今日ドキッ!」の特集では
福島から道内へ自主避難した女性を福島のテレビ局からHBCに転職した記者が取材しました。
原発事故で札幌に自主避難した宍戸隆子さんが故郷の福島県富岡町を舞台に脚本を書いた
演劇「譲葉の森」が3月7日、札幌で上演されました。

原発立地の前の町民の希望や暮らし、原発事故で安全神話が崩れ去る様子が描かれ、
台詞の一つ一つが真実を語る重さをもって伝わってきました。
事故から15年、今も帰還困難地域が残り、880tある燃料デブリの取り出しもほとんど進んでいません。
国は2051年までの廃炉をめざしていますが、これまでに取り出されたデブリはわずか0.9g。

「福島では震災は終わっていない」
「震災を体験した人が語れる時代はいずれ終わりが来る。だからこそ、福島で何があったのか、
真実が上塗りされないように正しく後世に伝える必要がある」と
宍戸さんは記者に何度も話していたそうです。

見通せない廃炉、取り出したデブリの処理方法も決まっていない。
事故で故郷を離れざるを得なかった人、今だ戻れない人たち。
原発事故は何年経っても現在進行形なのです。
福島で起こったことは、電気を使う人全員が当事者だと思いました。

福島第一原発の載った地図と泊原発が載った地図を重ねてみる。
30キロ圏内にどんな町や村があるのか、どんな暮らしがあるのか。
50キロ圏内には札幌市も入っている。
福島の事故後、安全対策が強化され、新基準に合格した泊原発は再稼働に向けて動き始めています。
福島は、自分事なのです。

福島の語源は「福の島」。
美しい自然と豊かな恵みのある福がいっぱいの島という意味です。
あれから15年、福島はフクシマ=Fukushima、原子力災害のシンボルとして世界で通じる地名になっています。
本来の地名の意味を知る人がどれほどいるのだろうと思ってしまう。

福の島を過去にさせない。
福の島を諦めない。
現在進行形の福の島を思う。


我が家のシマエナガちゃん。
窓を開けると鳥の声が聞こえてくるようになった。
春は近い。