こみあげる春
そうだった。
北海道の春は、そう簡単にやってはこないのだった。
朝起きて、窓を開ける。
まさかの弥生の雪景色に、お口あんぐり。

一夜にしてアスファルトの道路は真っ白に。
タイヤの跡と、とぼとぼと続く足跡が、なんだか切なく見える。
春までもう少しだったのに、スニーカー履き始めたところだったのに、
そうだった、北国の春は、こうして行ったり来たりを繰り返してやってくるんだったね。
この週末の雪が、今年最後の雪になるのだろうか。
最後の日って、意外に覚えていなかったりするものだ。
卒業シーズンの朝刊土曜版にこんな読者アンケートが載っていました。
「卒業式にこみあげてきたのは?」
その結果は「寂しさ」43%、「うれしさ」57%、でした。
卒業式は「寂しさ」よりも「うれしさ」を感じた人が多数派。
さらに「卒業はスタート、ゴール、どっち?」の問いには
「スタート」82%。「ゴール」18%という結果、
進学先や就職先への期待、新スタートだから、人生が進んでいる感じがするなどの意見がありました。
なんか、少し、ほっとした。
卒業式=涙のイメージ、周りの友達はけっこう涙涙、なのに、
小中高、3度の卒業式では、一向に涙が出てこない自分はいかがなものかと思っていたのだが
な~んだ、みんな、結構、卒業式は嬉しかったんじゃん(笑)
さらに共感したのは「卒業式で印象深いものは?」の問いへの答え。
トップは「覚えていない」(笑)
「卒業式の印象を思い出せないほど月日が経ったことを思い出させるアンケートだった」というのは
50代女性、わかる、わかります、卒業式=涙のイメージほど、実は、あんまり覚えていなかったりする(笑)
ただ大学の卒業式の思い出はかなりくっきりと記憶に刻まれている。
ピンクのお着物に袴でおめかしして会場へ向かったのですが、
学生数がやたら多い大学、なんと着いた時にはすでに会場が満席、
卒業生なのに、卒業式の会場に入れなかったのです。
マジですか?んなことある? 一瞬茫然としましたが、
はたと気づけば、会場の周りには同じように入れなかった卒業生がわんさか、
基本的に人数と会場のキャパに大いなるズレがあったわけで、
そんなだったら、整理券でも配っておくれよとも言いたくなるが、
会場に入れなかった卒業生たちは私も含めて意に介さず、なんだか和気あいあい。
同じようにあぶれた友達もいっぱいいて、「まさかの締め出し~」とか突っ込みあい、
みんなで笑いながら写真を撮り合い、サークルに顔を出し、卒業コンパに繰り出したのだった。
確かにね、学生生活でほぼ会ったことのない学長さんの話を聞けなくても、
青春のひとときを一緒に過ごした友と卒業の時を過ごす方が大切だったのだ。
あの頃、キミも私も、若かったなぁ。
アンケートでは「自分の卒業式よりも子どもの式の方が感慨深かった」という方も多かったようです。
確かに、息子の卒業式は、感慨深かったなぁ。
少年から大人への階段を一生懸命のぼっていく後ろ姿は、親なら、泣ける。
世話が焼けたり、手を焼いた分、こみあげる涙は、温かかった。
卒業の春。「気持ちを2語で表すなら」との問いには
「門出」「節目」「感謝」「希望」「別離」「未来」「惜別」「前進」「記念」「前途」の言葉。
弥生三月にお似合いの素敵な言葉ばかりです。
卒業、おめでとう。

ハスカップのブッセ。
甘いものは、卒業できません(笑)


