フェア・ゴー

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誰もが

平等に

機会を

与えられるべき

フェア・ゴー

札幌も運動会シーズンとなりました。

この週末もどこかの小学校のグランウンドから

元気に身体を動かす子どもたちの歓声が聞こえてくるかもしれません。

みんなガンバレー、いい汗かいてねー!

爽やかな風が心地よい初夏、

スポーツを楽しむにも絶好の季節となりましたが、

今朝の「天声人語」が印象深い言葉を紹介していました。

それは「フェア・ゴー」

スポーツ大国のオーストラリアでよく聞く言葉で

「公平な戦い」を意味します。

社会の誰もが平等に機会を与えられるべきだという国是の精神で

スポーツ観戦でも「フェア・ゴー!」と叫ぶ人が多いそうです。

「正々堂々と戦え。諦めるな」という響きがある言葉ですが、

オーストリアで1番人気のフットボール競技のジュニア育成コーチは

子どもを育成する難しさも語っていたそうです。

同学年でも生まれ月での体格差もあるし、成長の早さも違う、

才能を早く発揮する子もいれば、ゆっくり開花する子もいる。

だから、大切なのは将来の芽を摘まないこと。

全員に試合でプレーできる機会を与えれば、遅咲きの子も

経験を重ね、うまくなる楽しさが味わえる。

こうした指導方針を保護者にも丁寧に説明するそうです。

日本のジュニアスポーツの現場はどうなのか。

昨年末に行われた小学生のサッカー全国大会で選手登録した749人のうち、

139人が一度も試合に出場せずに大会を終えたそうで、

背景には大人の勝利至上主義があるようです。

大会だもの、それは一つでも勝ち進みたい、優勝したい。

でも、ユニフォームを着ながら一度もピッチに立てなかった子どもの気持ちに

はたして寄り添っている指導方針と言えるのだろうか。

試合出場の平等化は世界的な潮流で、すでに全員出場を求める大会もあるそうです。

スポーツが好きで、一生懸命練習してきた子どもたちに「フェア・ゴー」。

誰もが平等に試合に出場できて、スポーツの楽しさを体感してほしい。

「フェア・ゴー」、みんな、走れ、打て、投げて、キック!

とても素敵な精神を表す言葉だと思います。

その一方で、かすかに、ほろ苦い記憶が蘇る。

中学生で部活に選んだのはバレー部、バレーボールは好きだった。

でも、自分は決して才能には恵まれていなかった。

目の覚めるようなスパイクも打てないし、見事なレシーブもできない。

群を抜いて上手い選手ではなかったのに、

最終学年になった時、部活の先生がキャプテンに選んだのは私だった。

ものすごく複雑だった。理由はおそらく「まとめ役」としての役目。

プレーで引っ張るわけではなく、調整役としてのキャプテンだった。

断れずに、試合に出る。とにかく足を引っ張らないことに注力した。

上手くなりたくても、なれない子どもの気持がよくわかる。

一生懸命練習しても、持って生まれた運動能力の差はなかなか埋まらない。

そんな複雑な気持ちを抱えている子もみんなスポーツを楽しめる環境を

大人は知恵を絞って作ってあげてほしいと思ったりもする。

でも、思えば、あのほろ苦い体験も、今に生きているのかもしれない。

飛びぬけた運動センスはないけれど、スポーツを観るのは大好きだ。

サッカーや野球など、自分は一度もプレーしたこともないのに夢中になれる。

もちろん勝ったら嬉しいけど、プロの選手たちが躍動する姿に何より惹かれる。

それは、ポンコツキャプテンだったあの頃、

チームメイトのプレーに驚嘆した記憶と重なっている。

美しい跳躍、長い滞空時間から抜群のタイミングで放たれるスパイク、

絶対無理と思われたボールを拾い上げるレシーブ、

同じコートに立ちながら、私は心からリアルタイムで感動したものだ。

見惚れてる場合じゃない、お前も動け!

と、あの頃の自分にツッコミを入れたくなりますが(笑)、

今の自分がスポーツ好きなのは、

下手でもプレーしてみた子ども時代のおかげかもしれない。

そうだ、やっぱり、フェア・ゴー!だ。

身体を動かし、飛んだり。跳ねたり、ボールを追いかけたり。

スポーツは、楽しい。

誰もが平等に楽しさを体感する機会は、絶対あった方がいい。

さあ、運動会シーズンだ。

みんな、フェア・ゴー!

(写真は)

初夏の畔やかな花

芍薬が満開

花も一生懸命咲いている