チャーシュー哲学

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ラーメンよ

どんぶりの宇宙よ

唯一無二の存在に

人は思い悩む

チャーシュー哲学

日本が誇る食文化「ラーメン」の魅力を

全国有数のラーメン処札幌から発信しようという人気イベント

「札幌ラーメンショー」が今年も大通公園8丁目会場で開催中です。

5月12日から25日まで、全国、地元札幌の行列必至の有名店、人気店が集結、

熱く美味しいラーメンのショータイムが続くのです。

朝刊に挟まっていた「札幌ラーメンショー」のチラシを見るだけで、

ヤバい、ラーメンが無性に食べたくなる・・・!

塩、味噌、醤油、豚骨、鶏白湯、海老味噌、煮干し、魚介醤油などなど

スープだけでも、まさに百花繚乱、もう美味しそう過ぎて選べない。

さらに土曜版の読者アンケートのテーマまで「ラーメン」だった。

あなたの「お好みの具、トッピングは?」

この結果がまた花盛り、ラーメンに載せる具ってこんなにあるのね~。

ラーメンの奥深さを再認識しました。

j上位の5位「長ねぎ」4位「もやし」3位「メンマ」2位「ゆで卵(煮卵)」までは

比較的僅差でしたが、頭ひとつ抜けて1位に輝いたのは「チャーシュー」。

確かに、わかるわかる、どんなスープのラーメンでも

どんぶりの中である種特別待遇したくなるのが「チャーシュー」であります。

いっただっきまーす!とどんぶり向かい、

まず最初にチャーシューをパクリと食べる御仁は少なかろう。

まあ、スープの味を確かめたい、麺の具合も気になるというのもありますが、

それ以上に、一番先にチャーシューを食べるのは、なんだかはばかられるのだ。

アンケートの担当記者もチャーシューの特別感について、

伊丹十三監督の映画「タンポポ」を引用していました。

ラーメン歴40年の老人に若者(渡辺謙だったのね)が教えを乞う場面、

「先生、まずスープからでしょうか、それとも麺からでしょうか」。

先生は重々しく「最初にまず、ラーメンをよく見ます」。

ラーメンの表面を箸で触れて愛情を伝え、

次にチャーシューの位置を動かし「後でね」と心の中でつぶやく。

それから麺、メンマを口中に投じスープを3回すすり、大きなため息の後、

意を決した表情でようやくつまむのがチャーシューなのだった。

どんぶりという宇宙の中で、チャーシューは、特別な存在なのだ。

何というか、最初につまんで食べてしまうと暗黒に包まれてしまうような、

そう、太陽系における太陽のような存在と言っていいかもしれない。

昔ながらの昭和なラーメンはチャーシューは1枚のことが多かったからね。

麺とスープとメンマなどを食べ進め、中間地点あたりで、

それこそ意を決してようやくパクリ、半分をどんぶりに戻し、

もうすぐ食べ終える、マラソンで言えば競技場が見えたあたりで全部を食す。

幼少のみぎりより、チャーシューへの敬意はこうして表してきたのであります。

しかし、これが「チャーシューめん」となると様相は変わる。

太陽系にひとつしかないはずの太陽、いやチャーシューが複数枚ふんだんにあるのだ。

幼少のみぎりより、「コレは豪華だ、贅沢だ」と感動するのと同時に

なんというか「コレは、本来、あってはいけない存在ではないのか」と

どこか背徳感のようなむずがゆい感覚を覚えてたものです。

ことほどさように、人は、ラーメンが好きだ。

そして「チャーシュー」という存在に対して、それぞれの別な思いがある。

人はラーメンを食べるとき「『チャーシューの処遇』を考ええながら食べている」と

論じたのは、尊敬する東海林さだお先生であります。

どんぶりの宇宙におけるチャーシューの存在を喝破した東海林先生の慧眼は

人生や事物の在り方や原理を求めようとする哲学者と同じであります。

我思う、故に我あり。

ラーメン食べる、ゆえにチャーシューあり?

ヤバい、ホントにラーメン食べたくなった(笑)

(写真は)

とはいえ、ラーメン一杯完食が

なかなか難しいお年頃になった(笑)

代わりに大戸屋の春限定メニュー

「鶏もも肉と筍の麦みそ漬け炭火焼き」

香ばしくて美味どすえ