赤いルネサンス
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ダ・ヴィンチが
食べたスープは
赤くなかった?
歴史を味わう
赤いルネサンス
野宮的開花宣言。
昨日、我が家マンション駐車場の一本桜で桜開花を確認♪
目視で20~30輪以上が曇り空の下、元気に咲いていました。
松前町の標準木は開花宣言お預けとなっているそうですが、
桜前線ご一行様の先遣隊は津軽海峡を無事渡ったようですね。
桜が咲くと、ますます野菜が食べたくなる(笑)
芽吹きの季節に人間の身体も呼応するのかもしれませんな。
てことで、この週末はお野菜たっぷりスープを作りました。
イタリアの定番料理「ミネストローネ」です。
玉ねぎ、にんじん、赤パプリカ、ズッキーニ、いんげん、
マッシュルーム、キャベツに白いんげん豆、ベーコンも少々、
オリーブオイルで炒めてからトマト缶を加え、ローリエとタイムも入れて
弱火でことこと、いい香り、さあ、ミネストローネの出来上がり。
赤いスープを赤い器で情熱的にいただきます。
ふぅふぅ・・・はふはふ・・・う~ん・・・野菜の旨み甘み滋味が沁みるぅ。
トマトの赤い色とほのかな酸味がまた味わいを深くしてくれるのよね。
イタリアの赤いミネストローネ、大好き♪
と、思っていたのですが、
実は、ミネストローネはもともとは赤いスープではなかったらしい。
「ミネストローネ(minestorone)」の語源は
スープという意味の「ミネストラ(minestra)」に「拡大・増大」を意味する
接尾辞「オーネ(one)」がつき、「具だくさんのスープ」を意味する言葉。
古代ローマ時代から野菜や豆が入った具沢山スープとして
主食のように食べられてきたイタリアの伝統的な家庭料理は
レオナルド・ダ・ヴィンチも大好物だったそうで、
手書きの原稿も残っているのですが、
なんと、そのミネストローネは、赤くないのです。
具材は玉ねぎ、セロリ、にんじん、キャベツ、ズッキーニなど
現在のミネストローネとほぼ変わらないのですが、トマトがない。
1500年代にはまだトマトがイタリアに入っていなかったんです。
ダ・ヴィンチが食べたミネストローネは赤いスープではなかったのだ。
厳密に言うと1490年頃にコロンブスがトマトをヨーロッパに持ち込んだと
されますが、当時はトマトは有毒植物だと思われていて、
もっぱら観葉植物として扱われていたので、
誰も食べよう、スープに入れようとはしなかったのですね。
それが1600年代後半、経済危機に陥ったヨーロッパで
飢えに苦しんだナポリの貧者が、餓死するか、トマトを食べて毒で死ぬか、
究極の選択の末、死を覚悟してトマトを食べたら、意外にも美味しかった、
それをきっかけにイタリア全土のトマトが広まったと言われます。
同じようにジャガイモも食用には向かないとされていましたが、
1700年代から広く食べられるようになり、
新大陸からやってきたトマトやジャガイモが料理の食材として
数多くのメニューを生み出し、イタリア料理が大きく発展しました。
料理の世界では中世に初めて食事の作法が生まれたことを「一度目のルネサンス」、
トマトやジャガイモが加わり飛躍的にイタリア料理が花開いたこの時期を
「二度目のルネサンス」と呼ぶそうです。
ミネストローネが赤くなった、つまり赤いルネサンス、ですね~。
天才ダ・ヴィンチは健康に気をつかい、食事も野菜中心だったとされ、
具だくさんの野菜たっぷりミネストローネがお気に入りでしたが、
もし、トマトが入った真っ赤なミネストローネを食べていたら、
もっと凄い、とんでもない発明、芸術作品を遺していたかも・・・?
なんて
春の真っ赤なミネストローネを味わいながら
イタリアの歴史散歩を妄想する週末なのでした。
赤いルネサンス、ここ、試験に出るかもね?
(いや、出ない笑)
(写真は)
2025春のミネストローネ
キャベツのお値段も
ちょいと落ち着いてきた
お米は・・・???


