我が母校

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春は卒業式、入学式の季節。

みんなで声をそろえて校歌を歌う機会も多くなりますが、

そもそも「校歌」ってなんだろう?

朝刊のオピニオン面がその「校歌」を特集していました。

校歌の研究者によりますと

校歌は法令で制定が義務付けられたものではなく、

学校の中に慣行として存在しているものの一つなんだそうです。

そうか、別に国が校歌を作りなさいと定めたものではなかったのね。

日本の学校に校歌が登場したのは1890年代頃で

学校固有の校歌ばかりではなく、どこの学校でもう歌える

「校歌」という曲名の唱歌があったりしましたが、

開校〇周年記念や校舎落成などのタイミングで

各学校独自の校歌が作られるようになったのだとか。

歌詞には校訓や教育方針とともに、

その地域の高い山、清らかな川、雄大な海などを重ねて

その学校のアイデンティティーが織り込まれましたが、

1980年代から親しみやすい歌詞やメロディーが目立ちはじめ、

学校の歌というよりは未来にはばたく的な校歌が増えてきて、

最近ではレゲエやラップ調の校歌もあるそうです。

少子化で学校の数は減り、統合され新設されるケースも多く

新しい校歌が必要になり、時代によって変化していくわけですね。

一方でこの10年で廃校、閉校した全国の公立学校は2000校あまり、

10年で2000もの校歌が歌われなくなったと思うと淋しくもなります。

校歌は自分たちの学校の歌でもあり、郷土の歌でもありました。

室蘭の大沢小学校の校歌の歌い出しは「くろがね赤く日に染まり」と

鉄の街を象徴する歌詞が印象的で今でも覚えています。

溶鉱炉の赤い火と夕陽が浮かぶようで「三丁目の夕日」っぽい。

高校の校歌は後半にメロディが転調し、

「栄高校、その名に栄えて~ 北海ここに我らあり~」と

なかなかエンディングがカッコよく決まる構成で、

歌っていて、ちょいと気持ちよくなる校歌でありました。

そして進学した早稲田大学の校歌は、

もう忘れようとしても忘れられない(笑)

「早稲田、早稲田、早稲田、早稲田、早稲田、早稲田、早稲田~」

7回も校名を連呼する校歌はそうそうないかも。

だがしかし、中学校の校歌が・・・思い出せない・・・。

歌い出しも、サビも、歌詞も、メロディーも・・・覚えていない。

ごめんなさい、室蘭市立鶴ケ崎中学校よ。

平成23年に統合され、今はなき我が母校よ。

この10年で歌われなくなった「校歌」なのに、覚えていない(泣)

先日の朝のラジオで「校歌の思い出」を特集していましたが、

リスナーの皆さんも中学校の校歌は忘れている人が多かったっけ。

中学生、そうか、大人でも子どもでもない思春期真っ只中、

真面目に校歌を歌うお年頃ではなかったからか、

とにかく、中学校の校歌は覚えていない率が高いようです。

でもねぇ、今も学校があるのなら、

卒業生が忘れても在校生が歌ってくれているけれど、

もう閉校してしまった校歌の場合は記憶の中でも歌われないとしたら

あまりにも淋しいし、悲しい。

こういう時こそ、ネット検索です。

鶴ケ崎中学校、通称「鶴中」の校歌を検索してみると、あった!

「ああ雲星千草うるわしき かたちにわさる友がきの・・・」

おお、格調高い歌詞の歌い出し、覚えているような・・・

だが、メロディが・・・出てこない。すまん、鶴中。

前出の校歌研究者は歌われなくなった校歌を保存し

歌い継ぐことには意義があると話していました。

それは学校や地域の歴史を残していくことだと。

ふるさとに思いを馳せて心のよりどころにもなる歌なのだ。

我が母校。

坂道の通学路、仰ぎ見た校舎、体育館の埃っぽい匂い。

初めて習った英語、初めての部活、思い出が少しずつ蘇る。

いつか鶴中の校歌も思い出すかも、待っててね。

(写真は)

入学式の春

春野菜もおいしい季節

豚肉と春野菜のスープ煮♪