太陽とツル
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こんにちは世界
太陽とツルが
憧れだった
あれから50年
いのちと未来を見つめる
大阪・関西万博が昨日13日開幕しました。
先週あたりから一気にメディアで盛んに取り上げられていて
ほほ~、いよいよ始まるのね~くらいの感覚でしたが、
ご近所の書店でも万博関連本が目立つところに特集されていて、
ホントに始まるんだと実感した週末であります。
「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに
国内の万博としては最多の158の国・地域が参加、
80を超えるパビリオンで文化・歴史・経済などの展示が行われます。
1周2キロの「大屋根リング」に世界のパビリオンが集う景観は
確かに未来を考えるデザインを体現しているようですね。
万博のデザインといえば、やはり50年前の大阪万博の「太陽の塔」、
岡本太郎氏が作ったべらぼうなシンボルの存在感は圧巻でしたが、
今朝の天声人語がその誕生秘話に触れていました。
「太陽の塔」の原型は悩める孤独な少年期にあったようです。
教師たちの威張った態度やごまかしに反発する岡本少年は
四つの小学校を転々とし、孤独な自分に悩んでいました。
ある日、寄宿舎で一人座っていた時、
ゆがんだ釘が、板の間から顔を出しているのに気づきます。
ああ、そうか、自分はこの釘なのか。
出る杭は打たれるのだなと、そう思ったそうです。
「ただ、頭を叩かれる自分は『固くて冷たい釘ではない』
それは「純粋な人間の、無垢な情熱の炎だ」と
自著「自分の中に毒を持て」に記しています。
70年の万博会場、丹下健三設計の大屋根の間から
にょっきり顔を突き出した「太陽の塔」に誰しもが度肝を抜かれ魅了されたのは、
あのべらぼうな姿が純粋な無垢な魂を表現していたからなのでしょう。
当時小学生でしたが、デザインの力をまざまざと感じた最初だったかもしれない。
先日の朝のラジオ番組で「大阪万博への関心度」を尋ねたところ、
北海道のリスナーの平均関心度はおよそ30%、
まあまあ、そんなところでしょうね~と聴いていましたが、
やはり70年の万博にまつわる思い出メッセージがたくさん寄せられていました。
太陽の塔、月の石、世界各国のパビリオン、
実際に行った人、行った話を聞いた人、誰もが憧れの感情を抱いていたっけね~。
「万博に行ったクラスの子がみんな持っていた、
ツルのマークの航空会社の四角いバッグが、物凄く羨ましかった」という話も。
わかる、わかる、紺色のね、ツルのマークの肩掛けショルダーバッグねぇ。
あのバッグは、70年代、昭和のあの時代、憧れだった。
飛行機に乗って旅をすることが、まだまだ特別だった時代。
あのツルは、世界へ、未来へ、未知へと羽ばたく希望の翼だった。
そういえば亡き父は当時、関西出張のついでに70年の万博に行って、
「月の石」も見たし、アメリカ館で食べたステーキが凄く美味しかった」と
嬉しそうに土産話を聞かせたくれたことをよく覚えています。
アメリカのステーキを食べることも、当時はむちゃ特別だったのだ。
太陽の塔、ツルのマーク。
「人類の調和と進歩」を掲げた時代の印象深いデザインだ。
あれから50年。
大阪・関西万博から時代を超えて語り継がれるデザインが生まれるのだろうか。
350億円を投入して建設した「大屋根リング」は
閉幕後は会場を更地にして市に返還する必要があるため、
世界最大の木造建築も解体、撤去され、木材の一部は再利用されるらしい。
う~ん、なんだかもったいない気もします。
一過性のイベントで終わらせずに
「いのち輝く未来社会のデザイン」を象徴するレガシーとして
うまく活用、残す方法はないものかしらと
関心度30%の北海道から万博開幕を見つめる週末でありました。
にしても、
太陽とツルのデザイン力は、
凄かったね。
(写真は)
「春きんぴら」
ゴボウと春堀りニンジン
土の下でパワー充電した根菜は美味い
万博会場でも「和食」が人気らしいよ


