祈りの言葉

南国の緑

鳥の声

静かに佇む

慰霊碑

祈りの言葉

その存在は知っていました。

でも、そこにアイヌの言葉が刻まれていたことは知らなかった。

昨日26日、コメンテーターとして出演させて頂いたHBC「今日ドキッ!」では

戦後80年、戦争の記憶をつなぐシリーズ企画が放送されました。

「沖縄とアイヌ『南北之塔』が結ぶ絆」。

日米合わせて20万人の死者が出た沖縄戦の激戦地、糸満市の真栄平に

静かに佇む慰霊碑「南北之塔」の側面には「キムンウタリ」という

「山の友」という意味のアイヌの言葉が刻まれています。

「南北之塔」は1966年に真栄平の住民や内外の寄付金により建立されました。

北は北海道から南は沖縄まで、身元のわからない戦没者を弔うために

「南北之塔」と名づけられた慰霊碑の建立計画に協力したのが

沖縄戦を生き抜いた北海道出身のアイヌ兵士、故弟子豊治さんでした。

弟子さんが所属していた第24師団の歩兵部隊は通称「山部隊」と呼ばれ、

戦死した仲間を悼む気持ちから「山の友」=「キムンウタリ」という

アイヌの言葉が慰霊碑の側面に刻まれたのですが、その後出版された書籍で

「アイヌの墓」と紹介されたことなどから誤解が生じた時期もあったそうです。

さらに高齢化などから、1981年から5年に一度

慰霊碑の前で行われていた先祖供養の儀式「イチャルパ」も

2005年を最後に途絶えていましたが、戦争の記憶、沖縄とアイヌの交流、

平和への願いを共に紡いでいきたいとアイヌにルーツを持つ北海道出身の

戦後世代の人たちなどが新たな交流を進めようとしているというお話でした。

県民の4人に1人が犠牲になった沖縄戦は住民を巻き込んだ苛烈な地上戦でした。

戦後、沖縄の人たちは屋敷や道路や田畑に散らばった遺骨を拾い集め、

自分たちの地域にこうした慰霊碑を建てて供養してきました。

「南北之塔」もその一つです。

沖縄の人は集めた遺骨を。住民、兵士、国籍を問わず、

戦争で失われた命として大切に弔い、その心は国立平和祈念公園の

すべての犠牲者の名前が刻まれている「平和の礎」にも

受け継がれているように思います。

戦が起きれば、南の人も北の人も大切な命を落とすことになる。

その歴史を忘れずに、死者を悼み、平和を祈る。

沖縄の島言葉で、アイヌの言葉で、祈る。

そこに眠る人の「言葉」で祈る。

今年は戦後80年です。

(写真は)

「南北之塔」の存在は知っていたけれど

アイヌの言葉が刻まれていることは知らなかった

次に沖縄を旅したら、訪れてみたい思う

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