踊る人
喜び
嬉しく
幸せでも
痛くても(笑)
踊る人
あっ!痛ーーーーーっ!!!
「したたか」とはこういう時に使う言葉だったんだ。
昨日の日曜日、食後の後片付けをしている時に悲劇は起きた。
中途半端に開いていた食器棚の扉に額を強打してしまったのだ!
なんで?扉が開いてるの!?
あまりの痛さに悶絶しながら瞬間的に頭の中で犯人捜しをするが、
・・・あ・・・アタシだ、
洗った食器を仕舞った時にきちんと扉を閉め切ってなかったんだ。
誰のせいでもない、誰も恨めない、ただただ痛い・・・
キッチンの悶絶騒動に夫が慌てて駆け付け「大丈夫?見せて!」と言うが、
痛すぎて、気遣いが却って迷惑、何の罪もない夫のせいにしたくなる(笑)
すまん、夫、人間がちっちゃい妻を許しておくれ(笑)
しばし額を抑えてうずくまり、氷で冷やしながらソファに倒れ込む。
少し落ち着いたところで、恐る恐る鏡で確認すると、幸い出血はないが、
まあ、それは見事に額がくっきり長方形に腫れている。
はい、ここ、ぶつけたとこ、扉の形状のまんま、ゆるぎない物的証拠(笑)
己の不注意を呪いながら、消炎鎮痛剤のゲルを塗り、
冷えピタを半分にカットして額の患部に貼る。
すると、再び「大丈夫?」と心配そうに声をかけてきた夫が
その妻の姿を見るなり、ぷっと吹き出し、こう言った。「キョンシーだ~」
はい?キョンシー?
あの80年代の香港映画初の妖怪キャラのキョンシー?
そういえば、あまりキョンシー映画には詳しくないが、
キョンシーの攻撃を封じるために額に護符が貼られていたような記憶が。
確かに、額に長方形の冷えピタを貼ったアタシは、
中高年のキョンシーに見えなくもない(笑)
なんて笑っているうちに、少しずつ額の痛みも和らぐような気がしてのだった。
そんなキョンシー騒動の翌朝、新聞に「はにわ」の記事が載っていました。
「”踊る埴輪” 踊ってない?」
はにわブームの中でも特に人気なのが国立博物館所蔵の2体の「踊る人々」、
ぽかんとあいた目と口、左手を絵がるユーモラスな姿から「踊る埴輪」と
されてきましたが、現在の学説で「踊っていない」説が有力なんだとか。
ほかの片手をあげる埴輪は大半が馬の埴輪を一緒に出土するため、
2体の踊る埴輪も左手で馬の手綱を引く「馬子」である可能性があるそうです。
ただし、馬は出土されていないので、儀式で舞う人々かもしれず、
踊っているのか、いないのか、断定は難しいらしい。
改めて踊る埴輪の写真を見る。
左手を上げ、右手をお腹あたりに添えている姿は・・・ふ~む・・・
喜び、嬉しく、幸せそうに踊っているようにも、
あ、痛た・・・とおなかが痛いようにも、見えなくもない(笑)
扉にぶつけた額に冷えピタを貼ったアタシが
もし、このまま埴輪になったら、後世の人々はどう解釈するのだろう。
護符を貼ったキョンシーか、令和の最新ファッションか(笑)
「踊る人」のロマンは尽きない。
(写真は)
琉球張り子を
「踊る人」にしてみた
片手を上げるキミ
何をしてるの?



