雨降りお月さま

十五夜

お月さん

雲の中・・・

あれ?上だった?

あ、雨だった

今宵は十五夜、中秋の名月。

朝までしとしと雨が降り、明けてもどんより曇り空で、

今宵のお月見がちょっと心配になりますが、

幸い、道内の今夜は晴れの予報、キレイなお月さまが見られそうです。

今年の十五夜のお月さまは満月とは重なっておらず、

満月1日前、満月イヴ、もう少しで満月、ほぼほぼ満月(笑)となります。

「花は盛りを月は隈なきをのみ見るものかは」と兼好法師が徒然草で

語っているように満月だけが鑑賞に値するものではありません。

完璧じゃない、少し凸凹にこそ、もののあはれがあるもの、ですよね、兼好さん。

しとしと小雨が降る十五夜の朝。

♪十五夜お月さん 雲の~中~、あれ?雲の上~だっったけ?

懐かしい童謡が頭に浮かんできましたが、歌詞が、おぼつかない。

雲の中だっけ、雲の上だっけ?

調べてみると歌詞も。そもそも題名も。違っていた(笑)

作詞野口雨情 作曲中山晋平、そして題名は「雨降りお月」でした。

1925年(大正14年)に「コドモノクニ」正月増刊号に発表された後、

「雨降りお月さん」に変更され、3月号に作詞者作曲者も同じで

とてもよく似た構造の別の曲「雲の影」が発表されます。

その後、昭和になって「雨降りお月さん」+「雲の影」=「雨降りお月」

となったのだそうです。よく似た曲が合体したのですね。

で、その歌詞は、私が覚えている歌いだしからそもそも違っていた。

「雨降りお月さん 雲の蔭 お嫁にゆくときゃ 誰とゆく・・・」

あちゃー、「十五夜お月さん」でも「雲の中」でも「雲の上」でもなかった。

人の記憶、とゆーか、私の記憶はいい加減なものだ(笑)

そうか、そうでしたか、そうですよね、「雨降りお月さん」だったんだ、

雨が降る夜のお月さま、そりゃ、雲の蔭ですよね~。

あらためて「雨降りお月」の歌詞を見てみると、

抒情的で美しいけれど、なんとも不思議で物悲しい情景が浮かんできます。

冒頭の歌詞に続いて「お嫁にゆくときゃ 誰とゆく 

ひとりでからかさ さしていく からかさないときゃ 誰とゆく

シャラシャラ シャンシャン 鈴付けた お馬に揺られて 濡れていく」

月も雲に隠れた雨の夜、ひとり馬に揺られて嫁入りする花嫁。

悲しすぎる、切なすぎる、どんな事情があるというの?

当時は馬に嫁入り道具を積み行列を組んで嫁入りする時代でしたが、

この花嫁さんは「ひとりで」「からかさ(傘)」もささず雨に濡れてゆく。

なんとも物悲しく幻想的にも思える歌詞は、

野口雨情の妻が嫁入りする日が雨で花嫁の綿帽子が濡れてしまった思い出が

基になっているという説、また一説には、幼くして亡くなった娘が

嫁入りする時のことを想像して書いたとも言われているそうです。

でも、雨の夜ひとりで馬に乗って嫁入りする歌詞の2番は

悲しいばかりではないようにも感じます。

「手綱の下から ちょいとみたりゃ お袖でお顔を 隠している」と

馬を引く人の目線から描かれ、こう続きます。

「お袖は濡れても 干しゃ乾く」。

雨情の真意はわかりませんが、

袖で顔を隠した花嫁だけど、濡れた袖は干せば乾く。

雨に濡れても、人生いろいろ辛いことがあっても、涙はいつかは乾くよ。

そんなエールをこめた力強いメッセージにも受け取れるような気がする。

歌の世界では

花嫁は、夜汽車に乗ってとついでいったり、

雨の夜にひとり馬に揺られて嫁入りしたりしたけれど、

濡れた袖は干しゃ乾く、か弱いばかりじゃないのだ、きっと。

お月さまは、そんな花嫁たちを、応援してる。

今宵は十五夜。

雨降りお月さま、

とはならない予報です。

(写真は)

六花亭のお月見菓子

「名月」

十五夜イブのおやつなり