思い出クマさん
ひっそりと
静かに
佇んでいたね
どこに行ったの
思い出クマさん
晩夏から出来秋に向かう日本列島に居座り続ける台風10号。
週明けまで各地に影響が心配されるようですが、
札幌も台風からの暖かい空気が入っているようで、
昨日から真夏日、今朝も雲のはざまに青空も見えて暑くなりそうです。
室蘭での子ども時代はあまり大きな台風はなかったように思いますが、
いつだったか、夜にかけて台風が接近、強い雨風にガラス窓がガタガタと
音をたてて物凄く怖かった記憶が残っています。
「おウチが飛んじゃったらどうしよう」怖がるおかっぱ頭に
当時は若かっただろう父が「大丈夫、お父さんがいる」って言ったっけ。
お父さん、カッコいいって、思ったなー。
どちらかというと家では無口だった父の頼もしい姿を
今でもくっきりと覚えているのは、それ以外はあまりなかったからか(笑)
台風が来るたびに記憶の底から浮かび上がるカッコいい父なのだった。
その頃の、昭和の我が家にも、あったあった、というか、いたいた。
朝刊の北海道版の特集記事を読みながら懐かしくなりました。
「木彫り熊 八雲で刻み100年」
北海道土産の代表格木彫りの熊「第1号」が誕生して今年で100年だそうです。
道南の八雲町は明治期に尾張徳川家の家臣が入植したまち。
1922年(大正11年)に19代当主の徳川義親は旅行で訪れたスイスで
木彫り熊などの民芸品を土産に買い、翌年、八雲に届け、
農閑期の副業として工芸品制作を奨励しました。
1年後の1924年に「第1回農村美術工芸品品評会」が町で開かれ、
スイスの熊を手本に作られた木彫り熊「第1号」が出品されたのです。
その後昭和初期まで八雲の木彫り熊産業が続きましたが、
戦争の激化で衰退、作り手も数えるほどになっていきます。
しかし1970年代に八雲の木彫り熊の歴史を絶やすまいと、
「木彫り熊教室」が開設され、その魅力を発信する新しい力も加わり、
100年後の八雲町では義親が持ち帰ったスイスの木彫り熊などをモデルに
「100体を彫ろう」という企画が進んでいるそうです。
北海道土産の木彫り熊のルーツは「殿」のスイス土産だった。
義親が買ったスイスの熊と100年までに誕生した「第1号」が並んだ写真を見ると
な~るほど、確かに、よく似ている。
素朴で愛らしい木の温もりが伝わっているようなクマさんです。
のちの北海道土産の主流となる木彫り熊はたいてい鮭をくわえていますが、
殿のスイス土産と100年前の「第1号」は牧歌的で可愛らしい。
毛並みは繊細な細いタッチで彫られていて・・・
なんか、昔、昭和の実家にあった、ウチの木彫り熊を思い出しちゃう。
静かな奥の和室の床の間にひっそりと佇んでいたなぁ。
たぶん、鮭もくわえていたような気もするけど、なんというか、
荒ぶる雰囲気はまったくなくて、優しい印象のクマさんだった。
固い木なんだけど、繊細な細い毛並みが美しくて、
ぬいぐるみのクマにするように「よしよし」って撫でていた記憶がある。
100年前の殿のスイス土産と「第1号」の木彫り熊になんかちょっと似ていた。
少なくとも半世紀前の室蘭の実家の和室の床の間に存在していたあのクマさん、
あれから実家も立替えたり、両親は札幌に移ったりして、
その後の行方は杳として知れない。
かつて北海道の家に必ずと言っていいほどあったであろう木彫りの熊。
時は移り、世代交代も進み、断捨離ブームもあったりで、
いつのまにか、この世から姿を消しているクマさんは多いのだろう。
ある年代以上の道民の記憶に必ず存在する思い出クマさん。
今はどこに?
☆☆☆本日8月30日(金)HBC「今日ドキッ!」に
コメンテーターとして出演させていただきます。
8月最後、どんな話題に出会えるのか、わくわくドキドキで行ってきまーす。
(写真は)
琉球張り子の
クマさん?
かもしれない張り子さん(笑)


