はての先
はて?
なぜ?
どうして?
その先を思う
はての先
今日6月23日は沖縄慰霊の日です。
1945年の太平洋戦争末期。沖縄戦で組織的戦闘が終わったとされる日。
苛烈な地上戦で12万人以上が犠牲となり、県民の4人に1人が亡くなりました。
糸満市の摩文仁の丘にある平和の礎には明け方から遺族が慰霊に訪れています。
沖縄戦から79年、来年は80年となります。
記憶をつなぐための平和学習が続けられてきましたが、
今の小学生は親も祖父母も沖縄戦を体験していない世代、
従来のスタイルではなかなか子どもたちに伝わらなくなっているなか、
新しい形の学びへの取り組みが試みられているようです。
今朝のニュースでも「主体的に学ぶ」平和学習が紹介されていました。
子どもたちに自分ごととして主体的に考えてもらう取り組みです。
もし、自分が1945年の沖縄戦当時にいたとしたら。
米軍が迫ってきた。
自分は「投降する」?それとも「投降しない」?
「助かる可能性を考えて、投降する」
「米軍は敵だから信用はできない、投降しない」
「目の前で人が死ぬを見たら怖い、投降できないかも」
さまざまな意見がさまざまな視点から出てきます。
子どもたちは、一方的に教えられる受け身ではなく、
もし、あの時の沖縄に住んでいたらという自分ごととして、
1945年の沖縄戦を主体的にとらえ、考えていく過程で
戦争は怖い、酷い、惨いという心情的な思いからさらに一歩進み、
「なぜ?」「どうして?」という疑問に気づいているようでした。
なぜ?どうして?はて?
沖縄を旅すると、そんな疑問が浮かび上がる場面があります。
眩しい南国の太陽、美しい青い海を遠目にレンタカーを運転している時、
道を確かめようとナビを見る、「はて?」そこにあるはずのものがない。
道路の片側の街路図はあるのに、反対側の広大な場所は、まっさら。
そこに幾つもの建物や巨大な滑走路があるのに、
地図情報には何も反映されていない。
全国の7割を占める沖縄の米軍基地です。
ナビが示さない、示すことができない、地図にない場所がある。
日本全国、レンタカーで旅しても、
こんな奇妙なナビの画像を見ることはあまりない。
はて?なぜ?どうして?
沖縄のナビにはまっさらな地図が出て来るのか。
時をさかのぼって歴史を知る。
自分ごとして考える。
朝刊に宜野湾市出身の26歳の若者が取り組む講義が紹介されていました。
22年のフォーブスジャパン誌日本発「世界を変える30歳未満」30人にも
選ばれた狩俣日姫さんの授業はクイズ形式で沖縄戦を学んでいきます。
「米軍が上陸した読谷村に住んでいたらどこへ身を隠す?」
「1千人入れるガマ」か?「140人のガマ」か?
小さな方が安全と答える子どもが多いなか、
小さなガマの方が「集団自決」が起き、
大きいガマに逃げた人の命が助かったという事実を知る。
こうした質問が続くうちに、民間人の犠牲者の多さなどを理解する。
知らなかった、遠かった沖縄戦を自分ごとして捉え、歴史を学ぶだけでなく、
戦争のない社会をつくることにつなげてほしいと
ファシリテーターを務める狩俣さんが話していました。
今につながる学び。
子どもだけじゃない。
大人も大切にしたい。
はて?の先を、考える。
(写真は)
琉球張り子
子どもたちの玩具として
愛されてきた伝統工芸品
童(わらび)を慈しむ島


