平安ピーちゃん
ピーピー、
ピーヨピーヨ、
ピピピ―、ピピピ―、
朝からいとをかし
平安ピーちゃん
おっ、今年も朝から元気に鳴いているねー。
爽やかに晴れ渡った初夏の日曜朝、
ピピピ―♪ピー――♪
ひときわ高らかな野鳥の鳴き声が聴こえてきました。
ヒヨドリくん、ですね。
毎年春から初夏になると円山界隈でも特徴的な鳴き声がよく聞かれます。
ヒヨドリは全体が灰色っぽく赤茶色のほっぺをした野鳥で
花の蜜や果実が大好き、祖先の生息地が熱帯だった名残りだとか。
いささかお地味な姿からは想像できない甲高い鳴き声も特徴的で
ピーピー、ピーヨピーヨ、ピピピ―、ピピピ―、ピー――ッ!
いったい何をそんなに必死に鳴くのか、何を訴えているのかと
かなり、けっこうなボリュームで鳴いています。
時には「ウルさい」と思う人もあるようですが、
私は、ヒヨドリのあの必死な鳴き声は、なんだか愛しい。
ヒヨドリにとって今は子育ての時期。
オスとメスは交替でヒナのお世話をするヒヨドリ、
ピピピ―、ピピピ―、ピー――ッ!!!っと特に甲高い早朝の鳴き声は
オスが縄張りを主張している鳴き声らしい。
「今、赤ちゃんいますから、近寄らないでねっ!!!」
イクメンヒヨドリパパの必死のアピール、なんか泣けてくる。
「赤ちゃんが乗ってます」とか「BABY IN CAR」とか
車にベビーステッカーを貼ったりするのと同じだよね。
愛し子を守る気持ちはヒヨドリも一緒なんだな。
そんなヒヨドリをこよなく愛したのが平安貴族。
平安時代後期、それぞれ自慢のヒヨドリを持ち寄って鳴き声を競わせる
「ヒヨドリ合わせ」という催しまで御所で開いていたそうです。
ただしオリジナルの鳴き声はあまりにボリュームが大きいせいか、
ほかの鳥の鳴き声をヒヨドリに真似させていたらしい。
ヒヨドリ、平安時代の物真似タレントだったのか?
実はヒヨドリはほかの鳥の真似をするほど賢く、好奇心が強く、
人にも良くなつく鳥で、平安貴族たちがこよなく愛し、
名前までつけて可愛がっていたのだそうです。
現代のペットのように慈しみ、愛され、可愛がられていたヒヨドリ。
平安時代、どんな名前をつけられていたのでしょうか?
「光る君へ」では「まひろ」とか「ききょう」とか
のちの女流作家が宮中に上がる前の名前は出てきますが、
う~ん・・・ヒヨドリの名前は出てこない、
というか、そもそも、ヒヨドリ自体、ドラマには登場しない(笑)
う~ん、単純に考えれば、まず「ピーちゃん」か?
子どもの頃可愛がってたセキセインコも「ピーちゃん」だったしね。
ん?待てよ、平安時代の日本語に「ピ」という発音はあったか?
日本語の音韻史をざっくり調べてみると・・・
どうやら、平安時代前期までは「ハヒフヘホ」という発音はなく、
現在のハ行はすべて「パピプペポ」と上下の唇を合わせて発音され、
平安中期「源氏物語」が書かれた頃から、上下の唇を合わせながら
空気を出さない「ファフィフゥフェフォ」と発音するようになったらしい。
それが江戸時代になり、早口のべらんめえ調の江戸っ子の会話で、
「ファフィフゥフェフォ」というややこしい発音から
息が短く勢いよく出る「ハヒフヘホ」に変わっていったのだそうです。
江戸の日本橋が「二ホン橋」、大阪の日本橋は「ニッポン橋」なのも、
大阪の言葉は古い平安時代の音韻を残しているのに対し、
江戸は江戸っ子音韻に変化したからと言えるのだそうです。
てことは、平安後期でもそれ以前の「パピプペポ」は残っていただろうから、
貴族たちが愛したヒヨドリの名前に「ピーちゃん」もあり、かもしれない(笑)
春はあけぼの、やうやう白くなりゆく山際・・・ピー、ピピピー!
平安ピーちゃん、いとをかし。
(写真は)
初夏の朝から鳴いていた
令和のピーちゃん
ヒヨドリさんはお山へ帰ったかな


