おいしいおひる
おべんと
給食
うれしいな
食べるは楽しい
おいしいおひる
「完食指導」という言葉があります。
給食を残さず食べることを強要する「完食指導」の記事を読んだ読者が
自分も楽しいはずの給食が精神的に苦痛だったと綴る投稿を朝刊で読みました。
もっと幼かった幼稚園のお弁当の時間も苦しかったと。
幼稚園ではお弁当箱を先生に見せに行き、食べ残しがあると
「やり直し」を命じられたそうです。
せっせと食べて「再提出」する繰り返しが「屈辱的」で、
緊張のあまり、お母さんがせっかく作ってくれたお弁当の味が
わからなくなるほどだったと言います。
子どもの健やかな成長のために
お弁当も給食も残さず食べなければいけないという「完食指導」。
昭和の給食では当たり前だった。苦手なものがあったり、量が多過ぎて
食べきれない子が給食の時間が終わっても居残りを命じられ、
机の上の食べ残しの器を辛そうに見つめていたことを思い出します。
現在では食べきれない子に給食の完食を強要する指導は
子どもにとってプラスにならないばかりか、食事に関するトラウマを残し、
大人になってから「会食恐怖症」につながることがあるなど、
心に深刻な影響があるとされ、一人一人が「食べられる量」を大切にし、
苦手な食品もまずは匂いからなど段階的に食べられるよう工夫するなど。
学校現場では楽しい給食の時間への取り組みが進んでいるようです。
食が細い子、苦手な物がある子、食べるのが遅い子。
子どもそれぞれ体格も性格も違うように、食に関しても色々のはずなのに
給食の食べ残しはいけないこと、あまつさえ「わがまま」とされてきた。
しかし、基礎代謝量の個人差は遺伝子レベルでほぼ決まっているそうで、
つまり代謝量が違えば、食べられる量もそれぞれ違うということ。
でも、長らく給食はその学年の子にふさわしい量になっているから
残していけないとされ、量を食べられない子にとっては苦痛でしかなかった。
味覚や嗅覚が人一倍敏感な子もいるだろうし、その発達もそれぞれ違う。
そもそも子どもの味覚、嗅覚って本能的に敏感なもの。
人間の味覚は「体に必要なものを教えてくれる味」と
「体に危険なものを教えてくれる味」に分けられ、
前者は甘味、塩味、うま味、後者が苦味、酸味とされています。
小さな子どもは本能的に苦いもの、酸っぱいものは苦手、
生存本能が体に危険を教える味を忌避するのだ。
だからピーマンや春菊、小松菜など苦い野菜は子どもに人気がないし、
酸味の強い酢の物など好んで食べることはあまりないだろう。
・・・あ・・・酸味・・・苦味・・・そうだったか!
遠い遠い、それこそ苦い記憶が蘇る。
食に関する最も古い、最も苦い記憶。
好き嫌いのないようにと、おそらく良かれと思っただろう祖母が、
まだ幼かった私の口に、あろうことか、白菜の漬物を押し込んだのだ。
それも、かなり年季の入った古漬け・・・
!#%☆ーーー!!!
これまで味わったことのない強烈な味、におい、食感が炸裂!
びえ~っと、一瞬で吐きだし、大泣きした。
まだ2歳くらいだったはずだが、はっきり覚えている。
あの瞬間、命の危険を感じた、のだと思う。
その時のシチュエーションもはっきり覚えている。
ご近所の茶飲み話の輪の中に祖母に抱かれた私がいた。
明治生まれのおばあちゃんたちにとって漬物は日常食。
小さな子に食べさせることにさほど抵抗もなく、
むしろ彼女たちなりの「食育」だったのかもしれないし、
「完食指導」なんて意識ももうとうなかっただろうと思う。
だが、あの時の強烈な漬物への忌避感は、多分トラウマになり、
今でも、私は漬物すべてが食べられない。
もう何十年も、半世紀以上も経っているのに、
あの時の強烈な記憶が脳と心に刻まれてしまっているのだ。
味覚は口内や舌の表面にある「味蕾」で感じ取りますが、
その数は乳児期が最も多く、約1万個あるとされ、加齢とともに減少、
成人になると7500個ほどになります。
赤ちゃんや小さな子供は味覚が敏感ということですね。
食の経験を通して様々な味を知り、食べられる味が広がっていくことで、
味覚は発達していき、10歳までに味の記憶がその後の味覚の基礎になるとも
いわれていますから、子どもたちに色々な味を知ってほしいと思いますが、
その発達や感度には個性があることも忘れていけないような気がします。
あわてず、無理強いせず、ゆっくりと、少しずつ、楽しく。
おべんと、おべんと、嬉しいな♪
みんなで食べる給食も、楽しいな♪
食べることが辛くならないように。
おいしいおひる、いただきます!
(写真は)
「ほうれん草の胡麻和え」
子ども頃は苦手だったけど
いつのまにか大人の味が
少しずつ好きになっていた
あわてず、ゆっくりとね


