あをによしりタワー

あをによし

奈良の都に

聳える塔は

どっしり安定

あをによしタワー

花散らしの雨に負けず、まだ桜並木は頑張っています。

開花してから花冷えの日々が続いたこともあって、

寒さや雨への耐久力が強化されたのでしょうか。

今年の桜は粘り腰、まだ花盛り、キレイです。

「あをによし奈良の都は咲く花の薫ふがごとく今盛りなり」

青丹も美しい奈良の都は咲き盛る花が輝くように今が盛りである。

万葉集に収められた有名な和歌は作者の小野老(おののおゆ)が

赴任先の太宰府から奈良の都を想って詠んだとされます。

当時の太宰府は奈良の平城京に次ぐ第二の都市でしたが、

転勤を命じられたお役人にとっては、いつ都に帰れるのか不安もいっぱい、

恋焦がれる奈良の都の栄華っぷりを桜に例えて詠んだのでしょうか。

ふ~む、いつの時代も、宮仕えは切ないのぉ・・・。

そんな奈良の都に燦然と輝くタワーのお話が朝刊に載っていました。

「東大寺東塔 どっしり型だった」

世界遺産東大寺にあった創建当初の東塔は高さ70mだったことが

奈良文化財研究所(奈文研)の調査で判明しました。

東大寺では東西二つの塔が大仏殿南側に764年ごろに完成。

西塔は934年に落雷で焼失、東塔は1180年の平家による焼き打ちで失われ、

現在は基壇の跡だけが残っています。東塔の復元研究を進めてきた奈文研は

古文書で「23丈(約70m)」と「33丈(約100m)」の二つああった高さを

原史料の「大仏殿碑文」などから23丈=約70mと突き止めたのだそうです。

これらの文献調査から作成した復元図を見ると・・・

おおお~、確かに「どっしり型」。

2016年に発表された33丈=約100mのしゅっとした復元案に比べて、

今回の23丈=約70mの復元図は安定感のある七重塔の上部に

相輪がすーっと天空をめざすお姿はなかなかどっしり美しい。

国内に現存する木造で最も高い京都・東寺の五重塔(約55m)よりも

高いのですが、構造計算でも実際に建築が可能なのだそうです。

天平の東塔の在りし日の姿が令和の朝刊紙面に蘇る。

華やかな奈良の都で一番高い東塔は、

まさに、あをによしタワー。

当時の平城京のお役人たちも

通勤の道すがら、美しいどっしり型の東塔を仰ぎ見ていたのだろうか。

仕事に励み、人脈を作り、人事や転勤辞令にドキドキしていたのだろうか。

なんて想像すると、あをによし奈良の都にぐんと親近感を感じたりする。

東京タワー、スカイツリー、エッフェル塔、古の東大寺東塔。

栄える都にはタワーが欲しい。

人は昔から高い塔がお好きなのだ。

あをによし奈良の都は青葉の季節。

(写真は)

桜並木も満開

あをによし

北の都に咲く花よ