雑談時代
そうだった
とても
うるさかった
賑やかだった
雑談時代
話題のドラマ「不適切にもほどがある」は本日最終回。
昭和おやじの不適切な発言が令和の時代に波紋を呼び起こす展開が
あらゆる世代の人々が気になるドラマとなっているようですが、
コメンテーターとして出演させて頂いた昨日のHBC「今日ドキッ!」では
そんな昭和の時代のアレコレを考える特集が組まれました。
昭和の生き証人(笑)としてスタジオに参戦いたしましたが、
あの頃はフツー、今では驚きの昭和の風景が続々紹介されました。
受験番号に名前入りの合格発表、個人情報なんて概念、薄かったからね。
「汽車でタバコ」「教師に頭叩かれる」「部活中は水が飲めない」などなど
街録インタビューでもリアルな昭和の記憶が続々。
卒業アルバムに住所、電話番号まで記載されていた、
フィルムカメラで撮った写真はみんなに焼き増し、
携帯電話のない時代の待ち合わせ、駅の伝言板がお役立ち、
はいはい、そうそう、あったあった、昭和の記憶が3Dで蘇る。
部活中は水も飲めず、必死でやらされたうさぎ跳びも
今では水分補給は常識、意味なく身体によくないうさぎ跳びも不適切。
昭和のHBC社内の映像では目を覆うばかりのタバコ天国、
さらに原稿がみんな手書きだったのも、隔世の感がありました。
確かに昭和という時代は、今から見れば色々「不適切」かもしれない。
高度経済成長の波に乗り、明日は今日よりよくなると、
右肩上がりの未来をある意味無邪気に信じていた時代だった。
社会が右斜め上の光ばかりを見ていた時代、足元の影には気づけず、
さまざまな「公害」を生み出してしまったのも、昭和だった。
番組で取り上げた「車粉公害」の映像もそのひとつ。
冬期間のスパイクタイヤがアスファルトの道路を削り車粉が舞い上がり、
街が霞んだあの光景は、北海道の春の負の風物詩だった。まさに公害だ。
1980年代から社会問題となり、環境意識が高まり、
90年代にスパイクタイヤは撤廃、街の空気はキレイになった。
昭和に生まれ、昭和で社会人になり、放送業界に入った身としても
昭和という時代の光と影を考えるいい機会になりました。
昭和60年年代のHBC社内の映像を見て、ふと気づきました。
そうだ、あの頃は、人と人との「間合い」がずっと近かった。
今と比べて、職場はずっとずっと、うるさかった(笑)。
携帯電話もないからLINEもSNSももちろんない。
局内のコミュニケーションも顔と顔を突き合わせて話すのが日常なので、
企画会議だけでなく、とにかく、あちこち雑談が発生していて、
ワイワイ、がやがや、とにかく、今よりずっとうるさかった。
そんな雑談の中から番組のネタやテーマが生まれたりしたものだ。
予算に余裕があったのか、モノになるかどうかわからない段階でも
「ま、取材してみれや(北海道弁)」なんて「やってみなはれ的」なことも
現場であったりした。人と人のコミュニケーションの温度が、
今より少し高かったような気もする。
令和と昭和、どっちがいいとか悪いとか、そんな簡単に比べられない。
明らかなのは、昭和から平成、そして令和へと時はつながっていること。
右肩上がりで見えなかった足元の影に気づき、環境、人権、個人情報など
大切なことに社会が意識を向けられるようになってきた。
もちろん、まだまだ途上、課題はいっぱいあるのも令和の事実。
令和ははじまったばかり。
未知の感染症を社会全体で何とか乗り越え、通信手段は飛躍的に進化し、
地球環境の変化は著しく、一人一人がスマホを持ち、AIが喋る時代。
半世紀後の未来、「令和ってさー」ってどんな風に語られるのだろうか。
春の朝、
雑談時代を生きた昭和人は妄想るのだった。
(写真は)
昭和のロールケーキは
バタークリームかジャムだった
令和のロールケーキは
フレッシュな生クリーム


