卵と海と空の器

柔らかく

優しい白と

爽やかで

伸びやかな青

卵と海と空と

「学ぶ機会まで奪わせない」。

今だライフラインの復旧の見通しも立たない能登半島地震の被災地では

子どもたちの学びの機会を何とか確保しようという動きが始まっていると

朝刊が伝える記事の見出しです。

輪島市では中学生300人を市内に一時避難させる案が検討され、

大学入学共通テスを前に塾や予備校の関係者が被災した受験生に勉強できる環境を

作ろうと奔走、ホテルや食事を提供する動きが広がっていますが、

「この状況で自分だけ勉強続けていいのか」「もっと大変な受験生もいる」など

複雑な思いを抱える生徒にある塾長がこう語りかけました。

「すぐに力になれなくても、4年後、5年後の復興の時に力になれるよう、

今は勉強を頑張ろう」。その言葉に生徒は「吹っ切れた」と話していました。

地震は日常を奪ったけれど、子どもたちの学び、未来までは奪わせない。

被災地の大人たちが懸命に復興の原動力を守ろうと動き始めています。

もっと素早い、もっと強力な国の支援が必要だと感じます。

冬の沖縄旅で訪れた読谷村の陶房でも「学び」の価値を感じました。

緑豊かな読谷村の蒼い海に向かって建つ「陶器工房 壹(いち)」。

京都生まれの気鋭の陶芸家壱岐幸二さんが作陶した器たちに惹かれ、

これまでも何度も訪ねてきた陶房です。

壱岐さんは1986年に沖縄県立芸術大学の一期生となり、

師となる沖縄陶芸界の巨匠大嶺實清氏に出会った最初の授業で

「沖縄のやきものを見せてやろう」と連れていかれた博物館の蔵で触れた

16~19世紀の沖縄の古陶に惚れて陶芸家となりました。

「学び」の価値です。

琉球王府が各地に散らばっていた窯を壺屋に集約した17世紀以前から

名もなき陶工たちが作っていたシンプルな器の機能美が創作の原点。

戦争の世って陶芸技術の継承が一旦途絶えたものの、古陶を紐解けば、

「琉球という土地の環境条件や、人の関わり合いの様相が見えてくる」。

幾多の困難を乗り越えて豊かな文化を伝承し続ける沖縄。

壱岐さんはそんな沖縄を「奇跡の国」と呼びます。

奇跡の国で残されてきた愛しきもの、その空気をやきもので伝えたい。

原料を最大限に生かし、すっきりとよさを取り出したような形を残したい。

そんな陶芸家の思いが宿った器たちは本当にどれも美しく愛しい。

万物の魂が宿る場所、遥か海の彼方にあるニライカナイを望む陶房では

個展で発表された作陶もあります。洗骨を納める沖縄独特の「厨子甕」や

2015年の「what’s going on?」と題された陶器の「オスプレイ」。

「時にオスプレイなど特異なものも作ってしまいますが、ドンと環境に身を任せ、

心に浮き上がってきたものを形にしてきたことには変わりありません」

ご自身のHPでこう語っていました。

以前の訪問時には3機ほど駐機していた「オスプレイ」は1機になっていました。

「みんな売れちゃって、コイツ1機だけですよ」といたずらっぽく笑います。

陶房には日常使いに嬉しい素敵な器も並んでいます。

古陶のおもかげを映す「WAKUTA」シリーズに、大好きな染付もありました。

やっぱり「壹」の染付、惚れ惚れする。

柔らかな陶器の白肌にコバルトの大胆な絵付け。

沖縄のやちむんの特徴的な加飾技法が施された器たちは

南国らしい伸びやかさと同時にすっきりと端正な佇まいがあって本当に素敵。

この沖縄の白生地の美しさを

民藝運動の大家である濱田庄司は「卵の殻のような白」と絶賛しました。

柔らかく温かく繊細な卵の殻のような白に

陽光溢れる空と海を思わせるコバルトブルーの線が大胆の躍る染付の器。

卵と海と空の器だ。

どれもこれも、連れて帰りたい。

う~ん・・・どれにしよう、これ?それ?あれ?

大好きなやちむんをあれこれ悩んで選ぶ幸せな時間。

窓の外にはニライカナイがあるという蒼い冬の海が微笑んでいた。

(写真は)

「陶器工房 壹」

工房設立当初から手がける染付

どんなお料理にも寄り添ってくれる