アメリカのパイ
大きくて
甘くて
みんなが
大好き
アメリカのパイ
札幌が朝から青空が広がり、お日さまもご機嫌よく、
まさに「冬晴れ」といった気持ちの良い空模様となっています。
予想最高気温もプラス2度、なんだか春が一歩一歩近づいているような、
そういえば今度の日曜日2月4日は「立春」、春近し???
とはいえ、まだまだ雪の札幌から冬の沖縄旅リポートを続けます。
旅の4日目は自然豊かな宜野座村で人気のぎのざジャムを、
沖縄市(旧コザ)の「TESIO」で絶品シャルキュトリーをゲット、
お昼は泡瀬漁港の「パヤオ食堂」で県民食の「魚のバター焼き」を堪能、
翌日の朝食用に宜野湾市にある沖縄パン文化の聖地「宗像堂」で
全国のパン好きを魅了する天然酵母パンを仕入れました。
今夜は那覇の定宿ホテルですが、明日の飛行機の時間が少し早めなので、
朝はお部屋でコーヒーを淹れて「宗像堂」のパンと・・・
やっぱり、フルーツとヨーグルトもほしいな~ということで
レンタカーでちょっと寄り道、あの伝説の1号店へ。
沖縄県民に愛される洋菓子と洋食の老舗「Jimmy’s」大山店です。
クッキーやケーキ、レストランにスーパーマーケットでもある「Jimmy’s」は
戦後の沖縄の食文化を支えてきた地元企業。赤煉瓦にヤシの木が目印の店舗は
アメリカやハワイの文化の影響を受けてきた沖縄独特の雰囲気を味わえます。
「Jimmy’s」は創業者稲嶺盛保氏が戦後、16歳で北中城村の米軍基地で
軍雇用員として働いた時のニックネーム「Jimmy(ジミー)」が由来です。
物資があふれる基地内でパンやケーキが焼ける香りに刺激を受け、
沖縄の人たちにこのおいしい香りと豊かな食文化を届けたいと、
1956年に宜野湾市大山に開いたグローサリー(食品雑貨店)がその始まり。
今や県内に12の直営店舗、空港などに7つのテナント店舗がありますが、
本島を南北に貫く幹線である国道58号線(ゴッパチ)沿いにある大山店は
「Jimmy’s」の歴史が始まった1号店。毎日たくさんのお客が訪れ、
お祝い事やちょっとした手土産、野菜や食品など日常の買い物、
ボリュームたっぷりのアメリカンはレストランでの食事を楽しんでいます。
「Jimmy’s」を象徴するのが、大きくて甘いホールのパイやケーキ。
アメリカンなアップルパイは創業者ジミーさんが基地で覚えたレシピが基で
沖縄県民にとってはソウルフード、県外から帰省すれば必ず食べる懐かしい味、
戻る時は県外に住む友人のうちなーんちゅへのお土産と何個も箱買いします。
戦後の沖縄を象徴する風景のひとつが「Jimmy’s」のアップルパイ。
憧れのアメリカのパイ、胸躍るラジオステーション、初めて英語を耳にした日、
日本兵がいなくなった1946~1972年の追憶の沖縄を描いたノンフィクション
「アメリカのパイを買って帰ろう~沖縄58号線の向こうへ」(駒沢敏器著)では
大きくて甘いアメリカのパイが当時の沖縄の心象風景を雄弁に語っていました。
アメリカの豊かな食文化を沖縄の人々に届けたいと創業者の稲嶺氏は
アメリカ本土やハワイなどに頻繁に視察に訪れ、店作りに反映しました。
赤煉瓦造りの店舗前には広々とした駐車場を設け、良いものを守りつつ、
食文化の広がりに挑戦するという思いが貫かれた店内は
まるで海外のスーパーのようにさまざまな輸入食品が並びます。
戦後沖縄の食文化を知るには、まず「Jimmy’s」へ行こう。
というわけで、駒沢氏の著書を読んだ影響もあって、
この大山一号店にはこれまでの沖縄旅でも何度も訪れていました。
忙しい4泊5日の今回の旅でも、寄り道せずにはいられません。
さあ、赤煉瓦のお店が見えてきた・・・が、
おっと・・・!凄い!激混み!!!
広い駐車場には車がひしめき、誘導スタッフが必死で支持を出している。
あ・・・そうだった、今日はクリスマスイブだった!!!
大きなホールケーキで県民のハートをわしづかみしている「Jimmy’s」、
クリスマスケーキも、当然、「Jimmy’s」よねー。
チキンもオードブルも、当然、「Jimmy’s」よねー。
うっかり1年で一番混雑する日に来てしまった旅人なのだった(笑)
イブの「Jimmy’s」、
沖縄県民にとって「ジミー」の
1年で一番忙しい日の様子はまた明日。
(写真は)
戦後沖縄の食文化を
おいしく支えて70年余り
「Jimmy’s」一号店
アメリカのパイを買って帰ろう


