首里城の地下に眠るもの

幾度もの

業火にさらされ

立ち上がってきた

沖縄の象徴

首里城の地下に眠るもの

やれば、できる。

懸案の大掃除も昨日1日で無事完了。

夫は掃除機担当、妻はキッチンからリビングなど全ての部屋の拭き掃除と

見事な分業プレーで家中、ピカピカにきれいにできました。

やったー、この達成感、自分たちで自分たちを褒めました(笑)

さて、冬の沖縄旅リポートその④です。

クリスマスを前に氷点下の新千歳空港を飛び立ち、羽田経由で那覇空港に到着。

最初の夜は今、沖縄で空前のブームというヴァンナチュールのお店で乾杯、

明けて2日目は朝から開門直後の首里城へレンタカーで向かいました。

2019年の火災で焼失した沖縄の歴史、文化の象徴首里城。

復元工事の現場を段階的に公開する「見せる復興」は順調に進行中、

素屋根の中では正殿の骨組みが今まさに完成する瞬間を間近に見られました。

2026年の完成に向けて漆塗りなど次のステップに進んでいくそうです。

沖縄の歴史と文化の象徴である首里城再建のために

県内はもとより、日本全国から貴重な木材などが寄せられ、宮大工、瓦職人、

漆職人などさまざまな匠たちが結集し、伝承の技がつぎ込まれ、

在りし日の美しい首里城がもう一度蘇ろうとしていました。

大勢の人々が復興工事に汗を流している姿をつぶさに見て、

小高い丘の頂上にある正殿からゆっくり坂道を下っていると

朱塗りの首里城が冬空に飛翔するさまが見えるような気がしました。

まるで不死鳥のように。

あれ・・・?あそこは・・・何?

首里城西側の物見台近くの石垣に何やら工事中の案内表示がありました。

近寄ってみると・・・「第32軍司令部壕 調査実施中」と書かれています。

そうだ、美しい首里城の地下には、旧日本軍司令部壕があったんだ・・・。

沖縄戦を指揮した第32軍司令部壕は悲惨な実相を凝縮した戦争遺跡。

首里城の地下に構築され、戦後78年、埋もれたままになっていましたが、

2019年の火災以降、司令部壕の保存、公開を求める県民の声が一層強まり、

「物言わぬ語り部」としてその重要性が増しているとして、

沖縄県が昨年度からボーリング調査を開始していたのです。

司令部壕は5つある入口の一つとその周辺以外は地中に埋もれていて、

県は発掘できていない坑道の位置を特定し、

内部の状況をより詳しく把握するために調査、崩落などが起きていない場合は

レーザースキャナーなどを入れて立体的なデータを取る予定だそうです。

先月末からは作戦部があった中枢部の調査を開始、

報道陣にも公開され、沖縄県民の深い関心を呼んでいるということです。

戦後78年、首里城の地下に眠る司令部壕の姿が明らかになったとき、

その戦争遺跡は現代の私たちに何を語りかけてくるのだろうか。

沖縄戦の軍事的中枢であった旧日本軍第32軍司令部壕。

美しい首里城の地下に作ったばかりに、城は失われ、

住民を巻き込んだ熾烈な戦闘が引き起こされ、

数多くの尊い命が失われた。

眠ったものを、起こさねばならない。

その実相を直視し、次世代へ語り継ぎ、平和の尊さを学ばねばならない。

復興が進む首里城の地下では

現在進行形の歴史検証が行われていました。

県のボーリング調査は来年2月まで行われる予定で、

調査結果は3月末までに公表されるそうです。

首里城の地下に眠るもの。

何を語るのだろうか。

(写真は)

戦後78年地中に埋もれたままの

旧日本軍第32軍司令部壕

県のボーリング調査が

行われていました