こころ守り唄

ねむれねむれ

母の胸に

カナリアも歌うよ

ねんねんころり

こころ守り唄

「人はなぜ子守唄を歌うのか」

今朝の天声人語が興味深いテーマを取り上げていました。

世界中の子守唄を研究「世界子守歌紀行」の著書がある立命館大教授、

鵜野教授によれば、子守唄にもさまざまなタイプの曲があるのだそうです。

「竹田の子守唄」やシューベルトの♪ねむれねむれ母の胸に、のように

郷愁を誘う曲ばかりでなく、アフリカには激しく太鼓を打ち鳴らす子守唄や、

いくつかの国では子どもを怖がらせる歌詞もあるのだそうです。

世界各地の子守唄を出会うなかで鵜野教授は次第にこう思います。

子守唄は子どもを寝かしつける歌なのだが、果たしてそれだけだろうか。

そして、あることに気づきました。

子守唄は、弔いの唄と似ている。

他界した親しい人に歌う唄も、幼き子に歌うのも

返事をしない魂に向かって思いを届けようとする行為は同じなのだ。

だから、子守唄と弔いの唄の響きは似ていて、

無意識のうちに、歌い手の心も癒してくれるのではないか。

この指摘に、はっとしました。

そうなのです、子守唄は、赤子だけでなく歌う母も癒してくれる。

息子が赤ちゃんだった遠いあの頃。

子育て1年生だった新米母は、すべてに戸惑っていた。

授乳やおむつ替え、沐浴など育児そのものはもちろんですが、

仕事一辺倒だった自分が子の母になったことに戸惑っていたのです。

ガリガリ、キリキリ、つんのめるように放送現場で仕事していた自分、

世の中がイメージするような良妻賢母タイプでもないし、

慈愛に満ちたやさしいマリア様のようなタイプでもない。

己れの中で勝手に作り上げていた「母なるイメージ」の呪縛に囚われていたのだ。

ゆえに、ふえ~んとたそがれ泣きする我が子を抱っこしながら

暮れ始めた空を眺めながら、ベランダで途方に暮れていた。

たぶん、こういう時は「子守唄」を歌うのだろう。

そう思いながら、なかなか、歌い出せない。

子守唄を歌う母なる自分に、馬鹿な話だが、一瞬、照れていたのだ。

しかし、息子はふえ~んと泣き続ける。

腕の中の温かい体温が、妙に照れている母にスイッチを入れたのか、

♪ゆ~りかごのう~たをカーナリアがう~たうよぉ~♪

ほぼ無意識のうちに子守唄が口の中から零れだしてきたのだ。

北原白秋作詞の「ゆりかごの唄」は1921年に発表されました。

1930年生まれの母が幼き頃の私に歌った可能性もあるし、

広く親しまれている日本の童謡、NHK「みんなのうた」で

ボニー・ジャックスが歌っているし、近年では夏川りみもカヴァーしているし、

いつかどこかで何度も耳にしてきた歌詞と旋律ではあります。

我が子にはじめて新米母だった自分がおずおずと歌ったのが

なぜ、この子守唄だったのかわからない。

でも、息子のお背中をトントンしながらそろそろと歌い出すうちに

不思議と心が安らかになり、色々な不安がとけだし、

ゆるゆるとあたたかく癒されていった感覚は

はっきりと覚えています。

子守唄は、子どもだけでなく、歌い手も癒してくれる。

これは、体験的にも、真実だと思う。

子守唄には、不思議な力がある。

返事をしない魂に無心で語りかける歌は、人の心を癒す。

子守唄。

それは、こころ守り唄なのだった。

ねんねんころりよ ねんころり

穏やかに眠れ・・・

(写真は)

初冬の週末は定番ポトフ

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その名も「ポトフ」使ってみたよ