栗食めば思はぬ

実りの秋

栗食めば

ふと

思はぬ

いとしき日々

やっぱり、9月も暑かった。

道内の9月の平均気温は平年より2.9度高く、1946年の統計開始以来、

2番目の暑さだったと札幌管区気象台が発表しました。

北海道近海の平均海面水温は82年の統計開始以来最高を更新、

道内の気温上昇を押し上げたと見られるようです。

観測地点別では札幌市中央区は平年より2.9度高い21.5度と

9月の観測史上2番目に高かったそうで、やっぱりね~。

厳しい残暑がず~っと続きましたもんね~。

道内は10月も暖気に覆われやすく、気温は平年より高く経過する見通しとか。

確かに。10月になって秋めいてはきましたが、

まだ薄手の長袖で大丈夫だし、厚手のお布団もまだ早い感じだしね~。

これまではお盆過ぎると一気にぐんと冷え込んであっという間に寒くなる、

北海道の秋は短いイメージでしたが、むしろ長くなってる?

しかし、ちゃんと実りの秋は到来しております。

先日、それはそれは立派な栗をいただきました。

しかもしかも、あの「丹波くり」であります。

大粒のつややかな栗色の実に、もううっとり。

「丹波くり」は昔の丹波国、現在の京都府中部などで産出される栗の総称で

栗の品種ではなく、丹波地方で採れる栗のこと。

京都府が「京のブランド産品」として認定している伝統野菜31品目の一つで

栗好きにはたまらない、超一流ブランド栗、であります。

甘くて味も香りも最高レベルの「丹波くり」。

その美味しさの秘密は丹波地方の気候と風土にあります。

由良川とその支流の谷が深く、夜は気温が下がり、明け方の霧でさらに冷え、

その割に日中の気温は高く、この昼夜の気温差から、栗の糖分が蓄積され、

粘着質もある、和菓子にもぴったりの上質な栗になるのだそうです。

栗は日本原産で縄文時代から種実栽培され、「古事記」にも登場します。

奈良時代から平安時代になると栗は宮廷貴族の重要な食べ物となり、

11世紀の文献には既に「丹波栗」の名が記されているそうです。

その名声が広がったのは江戸時代、尼崎の魚商人が帰り荷に持ち帰り、

「丹波くり~、丹波くり~」と売り歩いたものが、参勤交代の武士達によって

全国に広められたと言われています。

栗を見ると、ふと浮かぶ有名な歌があります。

「瓜食めば子ども思はぬ 栗食めばまして思はぬ 

いづくより来りしものそ目交にもとなかかりて安眠しなさぬ」

「万葉集」に収められた山上憶良の長歌です。

瓜を食べれば、ましてや栗を食べればいっそう子どものことが偲ばれる。

どのような縁で私の子どもとしてやってきてくれたのだそうか。

目の前に子どもたちの姿がちたついて安眠させてくれないことよ。

う~ん・・・子どもへの深い愛情、温かい思慕の気持が伝わってきますねぇ。

万葉集は男女の恋愛や美しい情景を歌った華やかな歌が多い中、

山上憶良は子どもへの深い愛情を詠んだ歌をたくさん残しています。

「栗食めば」の歌を詠んだのは晩年69歳の頃、子育て現役中ではありませんが、

子どもという存在への人間的な深い愛情、いとしさがが詠みこまれています。

神亀5年(728年)に生まれた歌ですが、

1300年経った今でも、親が子を思う気持ちにぴったり寄り添い、心が動きます。

まだ砂糖もなかった時代、甘みのある瓜や栗はきっと子どもたちの大好物、

秋の栗を見れば「子どもたちに食べさせてやったら喜ぶだろなぁ」と

我が子の笑顔を思う親心、万葉の時代も令和の時代も、同じですね。

子どもが巣立って夫婦二人暮らしになっても、

グラタンを作れば「ああ、息子の好物だったな~、食べさせたいな~」なんて

なんだか、ちょっとしんみり切なくなる親心、

憶良さんならわかってくれますよね。

栗食めば・・・あれ?あやつは、栗好きだったかな?

まあ、思い出せないこともあるけれど(笑)

立派な立派な「丹波くり」、

金曜ごはんは頑張って栗ご飯、作りますか!

(写真は)

京のブランド産品

「丹波くり」

夜の寒さと明け方の霧と

暖かいお日さまが育てた栗