百貨の思い出
ほしい物
憧れの品
おいしい食
なんでもそろった
百貨の思い出
猛暑とともに8月は過ぎ去った・・・かしら?
今日から9月。家中のカレンダーをめくりながら秋の気配を探したけれど、
う~ん・・・蒸し暑い・・・重たげなグレーの空から雨が降り出し、
洗濯物は外干しできない、ますます家の中の湿度も上がるばかり。
今朝は、小さな秋、見つかりませんでした。
昨日8月31日は札幌駅前のおなじみの場所とのお別れの日でありました。
JR札幌駅南口にある大型商業施設「エスタ」が北海道新幹線の札幌延伸に
伴う再開発のために昨日で営業を終了、45年の歴史に幕を閉じました。
ESTAエスタ・・・お世話になりました。ありがとう。さよなら。
コメンテーターとして出演させて頂いたHBC「今日ドキッ!」も
エスタ最後の日を惜しむ人々の声を伝えておりました。
父、娘、孫の三世代で市外から朝早く駆けつけた家族、
馴染みのたくさんのお店で最後のお買い物をしたお客さんは
数えきれないほど8月31日付のレシートを手にしていました。
みんな、みんな、庶民的で飾らないエスタが大好きだったんだな~。
スタジオで映像を観ながら、なんだかじんわり。
1978年、札幌そごうを核にオープンしてから45年の歴史は平坦ではなく、
ある意味、日本のお買い物事情の変遷とともにありました。
札幌駅前の賑わいを創出する存在となりましたが、百貨店事業の減衰から
札幌そごうは2000年12月に撤退。存続が危ぶまれましたが、当時の運営会社が
残ったレストラン街、食品売り場のお店を一軒一軒回って説得、
2001年の元旦だけ休んで「エスタ食品街」として再出発。
さらに半年後、ビックカメラが核テナントとして進出、その後ユニクロや
ゲームセンターなどが入り、2002年全館オープンを宣言。2004年には
ラーメン共和国も加わり、暮らしに直結した親しみやすい場として
2003年開業のJRタワーとも仲良く共存を続けてきたのでした。
街の風景が激変する時代をたくましく生き抜いてきたエスタが終わる日、
奇しくも、東京池袋では61年ぶりの百貨店ストが決行されました。
セブン&アイ・ホールディングス傘下のそごう・西武の労働組合は
百貨店事業を米投資ファンドに売却する方針に対し、雇用が維持されない
恐れがあると反発、旗艦店の池袋本店でストライキを決行したのです。
伸びるコンビニ事業と対称的に悪化する一方の百貨店事業、
これ以上好転は見込めないと、ストのさなかに売却が決定されました。
そごうが撤退しても頑張ってきたエスタ営業終了の同じ日に、
そごう・西武百貨店事業が米投資ファンドに売却された。
センチメンタルな郷愁を吹っ飛ばすビジネスの判断、でしょうか。
地方を中心に店舗閉鎖や撤退が相次ぐ百貨店業界で
企業再編をめぐって61年ぶりに決行されたストライキ。
ストでは何も変わらない、時代の波は止められないとの声もありますが、
社会に百貨店の存在意義を問うた意味は大きいと思います。
そこへ行けば、欲しい物、憧れの品、おいしい食、なんでも揃っていて
商品知識の豊富な店員さんがやさしく丁寧に接客してくれた夢の空間。
そんな売り手のプロ、仕入れのプロなどなど百貨店のプロである働き手は
日本のお買い物を担ってきた重要な人々であり、空間そのものも含めて
新しい経営者側もお客と働き手が幸せになれる、
そんな商業空間を作ってほしいと願いました。
回転するキャンデー売り場、噴水オレンジジュース、
大きくて立派なエレベーター、未来へ上っていくようあエスカレーター、
ちょっと気取った店内放送、化粧品売り場のうっとりする香り、
食堂で食べたお子様ライス、固いバターが滑り落ちる熱々のホットケーキ、
夢の国みたいなおもちゃ売り場、
きれいなドレスが並んだフォーマルコーナー・・・
百貨の思い出はつきない。
欲しい物を手に取って悩めた場所だった。
今はポチっとすれば宅配される時代だけど
新しいカタチで残ってほしいな。
憧れの百貨店。
(写真は)
自家製和風パフェ
ショコラムースに
抹茶ロールとベリーを飾って
百貨店食堂街のチョコレートパフェ、
無性に懐かしい


