みかん十個
季節を
愛でる
旬を味わう
ぼくは元気だよ
みかん十個
爽やかな・・・これは秋風なのかしら?
自分の皮膚も脱ぎたくなるよう暑くて寝苦しい夜から解放、
札幌は27日朝まで5晩続いていた熱帯夜に2日連続で観測されず、
おかげさまで、昨晩もぐっすり眠れました。
今朝も青い空、白い雲、涼やかな風が吹き渡り、
本当に久しぶりに過ごしやすい気温となり、心身ともにほっ♪
予報では明日からまた蒸し暑い真夏日が続くようですが、
つかのまの秋の気配を楽しむことにいたしましょう。
先日、秋の花「鶏頭」を詠んだ正岡子規の作品を取り上げましたが、
朝刊に注目の見出しを発見。
「子規未発表の句 みかん詠む」
おおお~、正岡子規の未発表の俳句が見つかった!
子規が人生最後まで過ごした自宅「子規庵」を運営する保存会が
1897(明治30)年1月2日に詠んだ未発表の1句を発見したのです。
年始の挨拶に訪れた客が記載する「歳旦帳」と呼ばれる冊子に
みかんの絵を添えて記されていました。
「吾健にして十乃みかんをくひつく須」
当時、子規はすでに脊椎カリエスに苦しんでいましたが、
「まだまだ私は元気、今でも10個くらいのみかんを食べられるよ」と
年賀のお客にご心配なくと、アピールした一句のようです。
病床にあっても旺盛な食欲をみせた健啖家の子規らしい作品です。
亡くなる前年の明治34年9月から翌年9月死の直前まで綴った「仰臥漫録」にも
その日の三食および間食に何を食べたか、克明に記録されています。
たとえば明治34年9月28日には
「朝飯 ぬく飯三わん、はぜ佃煮、なら漬 牛乳 菓子パン
午飯 まぐろのさしみ 粥三わん みそ汁 あみの佃煮 梨一 葡萄廿粒
間食 牛乳 菓子パン 塩せんべい かん詰め鳳梨 林檎一
夕飯 鰈一尾(十四銭)粥三わん 焼茄子 あみ佃煮 蛯佃煮
ぶだう一房 やきいも」と事細かに夕餉の魚の値段まで書かれています。
すでに病の症状は進み、この日も「鼻血出る」と綴りながらも、
現代人には及びもつかない旺盛な食欲を見せ、その健啖家ぶりに圧倒されます。
しかし翌年の春ごろには「まひ剤」を服用するような容体になり、
「粥一わん」「牛乳一合たらず」など食べる量も減っていきます。
それでも3月21日には「蜜柑三ケ」などの記述がありました。
梨、葡萄、林檎、鳳梨(パイナップル」の缶詰などなど
病床日記にはしばしば季節の果物が食後や間食に登場し、
子規さんは本当に果物が大好きだったのだろうなぁと想像できます。
明治30年の正月、すでに病を患いながらも
「十乃みかん」くらい食べられるぜ、と豪語した健啖家の俳人。
食べることは、食らうことは、生きること。
強烈な生への、そして創作への意志に圧倒されます。
夏バテで食欲ないなんて
言ってられないよね。
みかん十個の一句に
エールをもらう朝。
(写真は)
農家さんから晩夏の直送便
2色のトーキビ、めっちゃ甘っ!
子規さんが食べたら、
どんな一句が生まれたかな


