見えない春
あの日から
1年
出口も
停戦も
見えない春
「侵攻1年 見えぬ停戦」
「侵攻1年 見えぬ出口」
今朝の北海道新聞と全国紙の1面トップの見出しです。
ロシアのウクライナ侵攻から1年となった今日2月24日、
いまだ、停戦も、出口も、見えない春となりそうです。
そうか、あの日から1年か。などと振り返られるのは、
今、この瞬間も戦火の恐怖にさらされていないからだとも思う。
平和な暮らしを、大切な人を、理不尽に奪われた戦地の人々は、
今日の日付を顧る余裕などどこにもないのだろうと想像する。
「進軍エリアを色分けした地図を見るうちに、いつのまにかこの戦争を
高みから眺めようとしている自分に気づき、恥じ入ることがある」。
今朝の天声人語氏の言葉に、はっとしました。
そうか、あれから1年かと振り返る自分も、知らぬうちに
今この瞬間も続いている戦争を俯瞰でとらえてはいないだろうかと。
ウクライナ戦死者 1万~1万3000人(ウクライナ高官発表)
6万1207人(ロシア国防相発表)
ロシア戦死者 14万人超(ウクライナ軍発表)
5937人(ロシア国防相発表)
朝刊紙面の「数字で見るウクライナ侵攻」の数字です。
何にも代えがたい命の数さえ、ロシアとウクライナでこれほど違う。
民間人の死者は国連高等弁務官事務所が8006人と発表していますが、
実際の死者数ははるかに多いとみられています。
誰も、この戦争の実相をわかっていないのです。
ただ、1年経った今日の時点でわかることは、
この戦争の出口も、停戦も、見えていないということ。
戦争を始めた人が、終わらせるしかないのだが、
終わらせる方法を、世界はまだ見いだせていないのだ。
先日の早朝、暖房給湯ボイラーの表示パネルに突然見慣れない数字が現れ、
取り扱い説明書を見ると「COセンサー」に関するエラーメッセージとの表記、
慌てて、暖房を止め、ガス会社の営業時間開始まで不安な時を過ごしました。
マンションゆえか、さほど室内気温は下がらず少しの厚着で耐えられましたが、
ウクライナの人々が耐える極寒と不安と恐怖の凄絶さを想像しました。
結局、COセンサーの取り換え時期を知らせるメッセージで安全に問題なし、
暖房使用も可能、すぐにガス会社が部品交換をしてくれたのですが、
ウクライナの破壊されたライフラインは修復不可能なまま、
人々は寒さと不安な冬を過ごし、出口が見えない春を迎えようとしている。
高級なイタリア製のダウンコートに身を包み、
勇ましい言葉で国民を鼓舞する指導者は
過酷なウクライナの冬を一瞬でも想像することはないのだろうか。
ヨーロッパのパン籠と呼ばれた肥沃な大地にミサイルを撃ち込める気持ちが
どうしても理解できない。だが、理解できないとあきらめるわけにはいかない。
侵攻するロシアへの経済制裁に加わるのは米欧、日本など40ヵ国ほど。
G7だけが躍起になっていても戦争は止められないのかもしれない。
平和という目標に向かって話し合い、知恵を出す仲間を増やしいく、
戦いを止めない指導者との対話もあきらめない外交努力も必要なのだろう。
雪景色のまっただなかでは
なかなか桜色の春は見えない。
それでも季節はちゃんと巡ってくるのに。
ウクライナの春が見えますように。
ただ祈る朝だった。
(写真は)
我が家の琉球張り子たち
ほのぼのおおらかな表情に
こんな朝は癒される


