被爆のマリア

黒く焼けた頬

彩色は取れ

空洞の瞳は

何を物語るのか

被爆のマリア

2022秋の福岡旅リポート~長崎編その⑯

晩秋の週末2泊3日の旅の初日は博多の歴史、文化、グルメを満喫、

2日目は開業1か月の西九州新幹線で長崎日帰り弾丸ツアーを決行、

滞在7時間で長崎の見どころを駆け巡りました。

路面電車で「出島」「大浦天主堂」「グラバー園」「長崎新地中華街」

「眼鏡橋」をまわり、残された時間はタクシーで「平和公園・浦上」エリアへ。

原爆が投下された8月9日に式典が行われる公園の中心にある平和祈念像、

天に突き出した右手は原爆を、水平に伸ばした左手は世界平和を表し、

閉じた瞼は犠牲者の冥福を祈っていました。

長崎のその日を物語る場所を、もっともっと、じっくり回りたかった。

でも残り少ない時間をぎりぎり使って、最後の訪問地を目指します。

広い公園の北側の階段を降りると、視界が広がり、

緑のアンジェラスの鐘の丘に抱かれた美しい教会が見えてきました。

「浦上天主堂」です。

キリシタン弾圧の時代を生き抜いた浦上の信徒たちが建設を計画、

資金不足などの苦難を乗り越え、起工から30年後の1925年に完成した

東洋一のロマネスク様式の大聖堂は、1945年の原爆で建物は壊滅、

戦後、幾度もの再建を経て被爆前のレンガ作りの姿に復活したのです。

はるか先に見える美しい姿を目指して、ただその先へ。

真夏のような日差しを浴びながら、一歩一歩歩みを進める。

やがて、被爆から復活した浦上天主堂にたどり着きました。

天主堂の再建は山から焼け残った木材を切り出し始まったそうです。

キリシタン弾圧の時代から幾多の受難を乗りこえた大聖堂の中へ。

正面の祭壇にはキリスト像、上部には美しいステングラス「無原罪の聖母」が

訪れる者全てを静かに受け入れているようでした。誰もいない。静謐な空間。

外の暑さも忘れて、しばし、また体が動けなくなる。

どうしてもここへ来たかった。

どうしても会いたかった存在があった。

それは「被爆のマリア」。

原爆の瓦礫の中から見つかった奇跡のマリア像です。

かつて旧天主堂の正面祭壇にはイタリアから送られてきた

高さ2mの木製マリア像がありました。現在はプラド美術館に所蔵されている

ムリ―ニョの傑作「無原罪のお宿り」をモデルに制作されたとされ、

両眼には青いガラス玉、水色に彩色された衣をまとった美しい像でした。

1945年8月9日、浦上の上空500メートルで原子爆弾が炸裂、

天主堂は一瞬で壊滅、堂内の神父と信者数十人が即死、浦上の信者

1万2千人のうち約8500人が命を落としました。

マリア像も教会とともに焼失したと思われていました。

しかし、戦後、焼け跡を訪ねた浦上出身の神父が瓦礫の中から

奇跡的に焼け残ったマリア像の頭部を見つけ出したのです。

黒く焼け焦げた頬、青く輝いていたガラスが失われた空洞の目。

変わり果てたマリア像を見つけた神父はのちにこう語っています。

「発見というより、まさに目の前におられた」。

この人こそ北海道北斗市のトラピスト修道院の故野口嘉右門神父でした。

被爆したマリア像を北海道の修道院に持ち帰り、毎日祈りを捧げていましたが、

その後1975年に長崎純心大に預けられ、85年にはバチカンの原爆展で展示、

90年に浦上天主堂に戻った「被爆のマリア像」は戦争、原爆の悲惨さを

無言で訴える奇跡の存在として世界的に広く知られるようになったのです。

マリア様は、どこ?

静かな大聖堂内をゆっくりとまわりましたが、お姿がありません。

入り口横にひっそりと座る教会関係者の方にそっと伺う。

「被爆のマリア像は拝見できるのですか?」

「お像は小聖堂におられます。レプリカをあちらでご覧になれますよ」

入り口左側の空間を指さし教えてくださいました。

ここに、おられたのですね。

原爆の火で黒く焼けた頬。美しい彩色は取れ、

清く澄んだ輝きに包まれていた目は空洞のまま、何を見つめているのだろう。

これほど痛ましく傷つきながらも瓦礫の中から姿を現した被爆のマリア。

人間が作り出した核兵器の悲惨さを無言で訴え、

そして、そんな愚かな人間を見捨てず救おうとされているのか。

レプリカ像からでも、無言のメッセージが伝わってくる。

被爆のマリア像は平和の使者として2000年には旧ソ連のチェルノブイリへ、

被爆65年の2010年には再びバチカン、そしてスペイン・ゲルニカへ渡り、

傷ついた身をもって戦争、原爆の恐ろしさを訴え、世界平和を祈り続けています。

現在、マリア像が安置されている小聖堂の祭壇には「平和」の文字が描かれ、

それは浦上キリシタンが迫害時に縛られ見せしめにされた柿の木の根っこを

使って書かれたものだそうです。

静かな大聖堂で目を閉じる。

心の中で被爆のマリアに祈る。

まだ、世界は、戦争しています。

あなたは救おうとされているのに。

なぜ?

(写真は)

青い空のもと

緑のアンジェラスの鐘の丘に佇む

「浦上天主堂」

被爆のマリアは

小聖堂に安置されています。