祈りの街
平和を尊び
あの夏のような
日差しを浴びて
坂道を歩き続ける
長崎は祈りの街
2022秋の福岡旅リポート~長崎編その⑮
晩秋の週末2泊3日で訪れた旅の初日は博多の歴史、文化、グルメを満喫、
2日目は開業1か月の西九州新幹線で長崎日帰り弾丸ツアーを決行、
滞在時間7時間をフルに使って長崎のみどころを巡りました。
鎖国時代、外国との窓口だった長崎は日本・中国・西洋の文化が融合した
異国情緒溢れる街。「出島」「大浦天主堂」「長崎新地中華街」「眼鏡橋」と
路面電車で見どころをまわり、長崎グルメも堪能、入手困難な幻のカステラ、
「岩永梅寿軒」の超レアなカステラも運よくゲットできました。
夏日の長崎を文字通り駆け巡り、気がつけば時刻は午後1時過ぎ。
帰りの新幹線は3時42分発だから、3時には長崎駅へ戻りたい。
残り時間は2時間弱と余裕はあまりないけれど、あきらめたくない!
長崎で、絶対に訪れたかった場所目指します。
それは被爆の中心となった「平和公園・浦上」エリア。
昭和20年8月9日午前11時2分、長崎の上空500mで原子爆弾が炸裂。
平和への願いと祈りにあふれた浦上は何としても訪ねたかったのです。
今いる寺町・眼鏡橋エリアからどのルートで行くのがベストか、
地図や路面電車の路線図などを見比べて検討。
長崎タウンは長崎駅の南側にグラバー園や眼鏡橋などの観光スポットが集中、
平和公園・浦上は長崎駅の北側にあって少し離れているのです。
やはり、一度長崎駅へ戻って路面電車か他の交通手段で行くべきね。
できればずっしり重いカステラもコインロッカーに預けたいし。
ということで、電停「眼鏡橋」から路面電車で長崎駅で戻り、
総合観光案内所で平和公園までの往復を相談するとタクシー利用がベターらしい。
よし、調べておいたコインロッカーに幻のカステラウを預け、
急いで再開発工事が進む駅前からタクシーに転がり込む。
「あの、平和公園までお願いします」
長崎に来て初めて路面電車以外の交通機関に乗りました。
夏日の坂道を歩き倒してきたので冷房が効いているのに汗が止まらない。
路面電車と坂道に慣れた長崎のドライバーはスムースに北へ車を走らせる。
案内所で15~20分と聞いていたけれど、10分ほどで平和公園到着。
着いた。
ここが世界の恒久平和を願って昭和26年に造られた平和公園。
緑に囲まれたこの広場で毎年8月9日長崎平和祈念式典が行われるのです。
晩秋10月最後の土曜日の午後、気温は25℃を超える夏日の暑さの中
真っ青な空から夏のような日差しが降り注ぐ平和公園は、
大型バスも観光客の姿もほとんどなく、とても静かでした。
涼やかな水音をたてる噴水は「平和の泉」。
原爆の熱戦を浴び、水を求めた犠牲者の霊を慰める水の音が心に沁みます。
そして、あの、「平和祈念像」。
長崎の青い空と緑を背景に雄々しく両手を広げていました。
昭和30年(1955年)に完成した平和祈念像。
天に伸びる右手は原爆の脅威を、水平に伸ばした左手は世界平和を表し、
軽く閉じた瞼は犠牲者の冥福を祈っているそうです。
平和公園の中心でそれは力強く平和のメッセージを伝えていました。
天を突きあげるような右手と平らかに伸びた左手。
たくましい青銅製の彫刻像を前に、しばし、ただ、ただ平和を祈る。
そして、深く後悔した。もっともっと時間が欲しかった。
この祈りの街を駆け足で巡ることなんて、やはり無理な話だったのだ。
原爆。戦争。人間。平和。過去と今と未来と。
この場所に身を置き、この浦上を歩くには、全然時間が足りない。
原爆投下の爆心地も、爆風に耐えた山王神社の大楠と二の鳥居も、
長崎永井隆記念館も。足を運んでみたかった、考えたかった。
高さ9.7m、重さ30トンの平和祈念像に誓う。
いつか、きっと、必ず、戻ってきます。
もっともっと時間をかけて長崎に起きたことを学びます。
祈りの街は、静かだった。
(写真は)
祈りの街長崎
平和祈念像
平和の意味を
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