大海を渡る夢
港と街を
見下ろす
美しい丘から
どんな景色を見たのか
大海を渡る夢
2022秋の福岡旅リポート~長崎編その⑥
晩秋の週末2泊3日で訪れた福岡旅、初日は博多の歴史、文化、グルメを堪能、
2日目は「そうだ、長崎へ行こう!」と開業1か月の西九州新幹線に乗って
憧れの街長崎日帰り弾丸ツアーを決行しました。
滞在時間は7時間、長崎の見どころを目いっぱい回れるルートを考え、
路面電車と徒歩でまるでロケハン(笑)のように駆け巡るショートトリップ、
まずは鎖国時代の異国文化を今に伝える「出島」を見学した後は
祈りの街長崎の心のシンボル「大浦天主堂」を訪れました。
250年も続いた弾圧の中で何代に渡って信仰を守り抜いた潜伏キリシタンたち
禁制を解かれた後、信者であることを告白した「信徒発見」の舞台。
石畳の坂道のある教会にたどり着いた彼らは神父にこう問いかけました。
「マリアさまはどこ?」
そのマリア像は今も教会の小祭壇で変わらぬ慈愛の笑みをたたえていました。
大浦天主堂が建てられているのが「南山手・東山手」エリア。
1859年長崎が開港され、この高台に長崎外国人居留地が誕生し、開国と共に
夢を抱いて大海を渡ってきた外国商人たちが居を構え、教会、領事館、
洋館などが立ち並んだ丘は現在「グラバー園」となっています。
旧グラバー邸や旧オルト住宅、旧リンガー住宅の3棟に加え、
市内に点在していた6棟の洋風建築物を移築復元、花いっぱいの庭園や
レトロな洋館が石畳の坂道に立ち並ぶ美しい風光明媚なグラバー園は
長崎観光の鉄板、エキゾチック長崎のシンボルとして多くの観光客が訪れます。
大浦天主堂から石畳の坂道と特設の屋外エスカレーターを何基も乗り継いだ
丘の頂上の絶景ポイントにグラバー園の象徴「旧グラバー邸」がありました。。
港と街を一望のもとに見下ろす洋館の主こそ、トーマス・ブレーク・グラバー。
幕末日本の歴史に足跡を残したスコットランド出身の貿易商人です。
開国直後、駐日総領事として長崎にやってきたのが21歳のグラバー。
イギリスとの交易を担い、日本の近代化に寄与、明治44年に死去するまで
本国に二度と帰らず日本で活躍した彼は「グラバー園」の公式HPでは
夢を抱いて大海を渡った「冒険商人」と表現されています。
激動の幕末日本を舞台に巧みにしたたかに生き抜いたグラバーは
その実体は大物の政商という側面もあるとされ、
「武器商人」「死の商人」、はたまた「青い目の志士」など
実にさまざまな歴史上の評価がされている人物であります。
徳川幕府とは距離を置き、薩摩、長州、土佐の討幕派に武器を売り、
坂本龍馬の亀山社中とも取引があり、開明的な五代友厚や森有礼、井上馨、
伊藤博文らの英国渡航をサポート、商人でありながら英国公使館に出入り、
イギリス公使パークスにさまざま進言をしたとされます。
またオペラ「蝶々夫人」のピンカートンのモデルとも言われますが、
プライベートでは日本人女性を妻とし生涯添い遂げ、
その息子たちもまた近代日本の発展に尽力したとされています。
う~む、グラバーさん、あなたは、一体、何者?
花いっぱいの庭園が広がるグラバー邸の開放的なテラスからは
長崎の美しい港と海を一望に見下ろすことができます。
開国したばかりの日本へ、いったいどんな夢を抱いて、
あなたは大海を渡ってきたのでしょう。
幕末日本であなたはこの美しい景色の向こうに
いったい何を見つめていたのでしょう。
一度も祖国に帰らずに日本に骨を埋めたミステリアスなその人生。
グラバーさん、あなたを主人公に大河ドラマができそうだ。
大海を渡る夢の先に
あなたは、何を見たのだろうか。
ねえ、グラバーさん。
(写真は)
トーマス・グラバーの居宅
「旧グラバー邸」
夢は大海を駆け巡る



