福岡と博多

福岡空港

博多駅

ん?

福岡と博多

どう違うの???

2022秋の福岡旅リポートその⑦。

晩秋の金曜日午前11時に新千歳から直行便で夏日の福岡へ。

2時過ぎには中洲のホテルへチェックイン後、さっそく川端エリアへぶらり散歩。

博多ラーメンと川端ぜんざい、博多三大名物の二つを堪能して、

博多の総鎮守、博多祇園山笠が奉納される「お櫛田さん」櫛田神社へ。

博多商人の歴史と伝統を今に伝える下町情緒を体感、

絢爛豪華な飾り山笠の美しさに圧倒され、博多のエナジーを体感しました。

やっぱ、凄いわ、博多。

ん?ちょっと待てよ、博多博多って言ってるけど、福岡とどう違うの?

福岡県福岡市、空港は福岡空港ですが、JRは博多駅、

博多祇園山笠であって、福岡祇園山笠ではない。

う~ん、今更な疑問を感じながら、次なる目的地、

「お櫛田さん」=櫛田神社のほぼ目の前にある歴史ある建物へ。

「博多町家ふるさと館」。

明治中期に建てられた博多織織元の町家を移築復元した施設で

まさに博多文化が生まれた時代にタイムスリップできる場所。

古い伝統文化が息づく博多の暮らしを紹介する、

町家棟、展示棟、おみやげ処の3棟で構成されています。

う~ん、博多と福岡の謎も解けるかもしれない。

さっそく趣ある町家棟を見学、おおお~、な~るほど!

古くから大陸との交流を育んできた2000年に及ぶ博多の歴史が紹介され、

既に奈良時代からこの地は「博多」と呼ばれてきた、とありました。

那珂川と石堂川に挟まれた「博多」は古代から西の門戸として

大陸と密接につながり、外国船の出入りする貿易港として栄え、

太閤秀吉の町割りによって生まれた博多独自の町の形態「流」は

山笠やどんたくなどの祭礼行事を協力して行う共同体、町人自治システムとして、

今も博多の町を活性化させているのです。

797年の続日本紀には既に「博多大津」という地名があり、

遣唐使、日宋貿易の拠点となった貿易都市は長らく「博多」でした。

しかし、関が原で功績を残した黒田長政がこの周辺を収めることになり、

故郷備前の地名「福岡」と名付け、福岡城を築き、「福岡」という呼び方に

変えようとしましたが、博多の人々は猛反対、

城下町一体のみを「福岡」と呼ぶようになった、らしい。

てなわけで、江戸時代以降、福岡城の城下町で武士が住むのが「福岡」、

自治スピリット満載の商人が住むのは「博多」とされ、

言葉遣いも違っていたとか。明治の廃藩置県で行政区としては

福岡県福岡市となりましたが、福岡市の中に博多区が存在しています。

とはいえ、「福岡」と「博多」の定義は、諸説あって今もさまざま。

まあ、ざっくり言えば、博多商人の町である博多駅界隈、中州川端あたりは

まごうかたなき「博多」。「博多町家ふるさと館」は博多のど真ん中にあるわけで

古代から続く西の国際貿易都市、伝統工芸や文化の発信地としての魅力を

楽しく学びながら体感できましたよ。

もっとゆっくり見て回りたかったけれど、

博多の町はいつしか夕暮れ、川沿いの景色もいい感じで暮れなずんできました。

おみやげ処で博多の伝統工芸「博多張り子」の愛らしい姫だるまなどを

母のおみやげに買って、さあ、夜ご飯の前にもう一か所へ。

福岡と博多の謎も解けてすっきり。

次なる目的地はあの器。

自分土産をゲットだぜ!

(写真は)

「博多町家ふるさと館」

伝統ある博多の暮らしと文化に

楽しく触れられるスポット

「お櫛田さん」のお向かいよ