テーブルにあるもの
よくばっては
いけない
常に謙虚に
感謝忘れず
テーブルにあるもの。
真心の経営者とされた稲盛和夫氏が亡くなりました。
老衰のため京都市内の自宅で死去、90歳でした。
京セラ、KDDIを立ち上げ、経営破綻したJALの経営再建にも尽力、
独自の経営哲学で多くの人を引き付けた、戦後を代表する経営者です。
朝刊各紙は氏の訃報と評伝などを大きく取り上げていましたが、
北海道新聞のコラム「卓上四季」が紹介していたエピソードが
とても印象に残りました。メリルリンチ日本証券元会長石田昭夫さんが
かつて銀行から京セラに転職し証券担当を務めていた時代のこと。
1970年代、外国人投資家の通訳も兼ねて商談の会食に参加、
会食後、稲盛さんからこう叱られたそうです。
「お前は飯を食いに来たのか」。
何事も常に何のためにやるのかという問いでした。
メモを取らずに食事を取る姿勢が稲盛さんの目には手抜きと映ったらしい。
以来、石田さんは理解できるまで「なんでや」と尋ね仕事をしたそうです。
経営者である前に、人として正しいことは何か、
稲盛哲学を貫く「利他の心」は己への厳しさと表裏一体だったのですね。
さらに京セラ株式の米国での預託証券発行の時のこと。
予定額を大幅に上回る応募額があったため、証券担当の石田さんが
少しでも高値で売ろうと発行金額に上乗せしたところ、
稲盛さんは逆に少し下げた価格での売り出しを求めたのだそうです。
「テーブルにあるものを全て取ってはいけない」。
厳しいビジネスの現場にあってもなお、心を高める哲学を貫く姿勢。
人のため、世のために役立つことが人間として最高の行為である。
テーブルのあるもの全てを奪っても飽き足らず、
他国に侵攻しようとするリーダーに聞かせたい話だと思った。
インタビュー取材などで訪れたさまざまな経営者の書棚には
かなりの確率で稲盛氏の著書が並んでいたことを思い出します。
厳しい判断が迫られるビジネスの現場にあって、どうあるべきか。
大きな大きな揺るがない羅針盤だったのでしょう。
テーブルにあるものを、どうするべきなのか。
常に謙虚に。感謝を忘れずに。
毎日の暮らしに生きる哲学だと思う。
ご冥福をお祈りします。
(写真は)
今日で8月も終わり。
明日から9月だ。秋だ。
ブドウが美味い。


