海霧の街
海と
山と
工場と
そうだった
海霧の街だった
初夏らしい日差しはおあずけ。
札幌は昨夜から雨が降り続け、山には低い雲がかかっています。
緑濃い山に霧がたちこめたような景色にふと故郷を思い出しました。
そうだった、室蘭は、海霧の街だった。
室蘭は暖かく湿った空気が冷たい海面に接することで
濃い海霧がしばしば発生します。
特に3月から8月、春から夏の室蘭は海霧の季節。
子ども時代の思い出はいつも霧に包まれているような気がします。
運動会も遠足も夏まつりも、
真っ青に空が晴れ渡る快晴に恵まれることはほとんどなく、
いつもしっとり、ひんやり、冷たい海霧がもれなくついてきた記憶がある。
朝は晴れていたのに、気がつけば、いつのまにか「ガスって」いたっけ。
運動会の体操着もお祭りの浴衣も音もなく忍び寄ってきた霧で
いつもしっとり湿っぽくなって、夏なのにうすら寒く、ちょっと残念だった。
でもよく晴れているほかの街のことは知らないから
それほど悲しくもなく、お天気とはこんなものだと思っていた。
大学進学で室蘭を離れて、東京や札幌に暮らして、
スコーンと晴れる青空に感動し、少し驚いたものだ。
というか、ほかの街では海霧を見ることはほとんどなく、
室蘭の白い霧は、故郷の特別な景色だったんだと気づいたのだ。
今朝の新聞に札幌在住の詩人の方のエッセイが載っていて
短編執筆のために1週間ほど滞在した室蘭のことが描かれていました。
知らない場所でほどよい港町と考えたら室蘭だったと。
はじめて目にした町はがらんとしたシャッター街だったが、
喫茶店が多く、文学館もあり、海まで歩いていける、と。
そうだ、そうだったのだ。いやそうかもしれない。
18歳で離れてしまった故郷のことを、実は私はあまり知らないのだ。
大人じゃなかったから、喫茶店が多いことも気づいてないし、
そもそも文学館には足を運んだこともない。
芥川賞作家八木義徳、三浦清宏、長嶋有にまつわる展示をはじめ、
室蘭の文学・文化の拠点として親しまれている「港の文学館」の開設は
昭和63年、1988年だから、とっくに室蘭を離れてからのことだもの。
でも、そうだ、海までは歩いて行けることはよく覚えている。
湿った体操着や浴衣の記憶しかなかったけれど、
海霧の街は喫茶店が多く、文学館があり、海まで歩いていける。
そう表現されると、なんだか、とても誌的な匂いがしてくる。
子どもの頃には気づかなかった、いやわからなかった街の味わいが
人生をそれなり重ねた今の年齢だったら、感じられるのかもしれない。
札幌の6月には珍しい低い雲。
霧のように山にたゆたう様子を眺めていたら、
無性に故郷の海霧がなつかしくなった。
ひんやり湿った霧の匂いは今も同じだろうか。
海霧の街よ。
(写真は)
山にかかる低い雲
室蘭生まれは
海霧に見えた6月の朝


