教卓の花
ダリアに
グラジオラスに
紫陽花も
学びを色どる
教卓の花
今朝、新聞を取りに階下に降りたついでにマンション前に出てみた。
雨上がりの早朝の空気がすがすがしく、小鳥が元気に鳴いている。
青々と葉を茂らせる桜並木の下に植えられた紫陽花の緑が
朝露を載せ、ひときわキラキラと輝いています。
小さかった紫陽花の植栽は年月を経てぐんぐん成長、
今では私の背丈を追い越すほどに育ったた株もあります。
雨の恵みを受けて元気そうに背を伸ばした紫陽花、
まだ緑色のつぼみがいっぱい鈴なりについていました。
ひとつふたつうっすら青紫色に色づき始めて花もあります。
初夏らしい季節の花の姿に心も潤ってきますね~。
なんて思いながら部屋へ戻り、朝刊の読んでいると、
今朝の新聞小説に懐かしい風景が描かれていました。
小説の舞台は後の混乱が収まった頃、主人公は小学校の教師。
戦後GHQの主導で始まったPTAの初会合で一部の保護者から
戦時中の空襲で一人の生徒が亡くなったことを責められた彼女が
週明けの教室に入ると数人の生徒が
新聞紙にくるんだ切り花を手に寄ってきます。
家の庭に咲いていたお花を母親から学校に持ってくように言われたらしい。
紫陽花にバラ、布袋葵に矢車菊などたくさん。
「お母さんが元気出してって言ってました。なんのことか、
教えてくれなかったけれど」と一人の生徒に言われ、
彼女を気にかけてくれた保護者がいることを知る、という内容でした。
戸惑いながらも戦後を歩み出した教育現場の様子を
巧みに描き出す描写に引き込まれるのと同時に、
ふと鮮やかに昭和の教室の景色がよみがえってきました。
そうだ、あの頃、教室にはしばしば花が飾られていたっけ。
庭の切り花を学校に持ってきて飾る風習は
「戦後まもなくしてできた」と小説にも書かれていましたが、
私が小学生だった昭和40年代も、そういえば、そうだった。
朝の教室に新聞紙にくるまれた花を持ってくる子がいたっけね~。
「先生、これ、どうぞ」と花を差し出す彼女たちは
ちょっと得意げな表情をしているように見えて、
大きな庭のない家の子(私・笑)としては
ちょっと恨めしいような羨ましいような気分だったことを思い出す。
教卓に飾られた季節の花。
大きなダリアやグラジオラスや、そうだ、紫陽花もあったな~。
深緑の黒板と白いチョークの板書をバックにした花々は
なんだか物凄く存在感があったことを思い出す。
とってもキレイなんだけれど、
なんだか、少しだけ、その美しさがシャクに思えたことを
半世紀以上経った今、正直に白状する。
学校に庭の花を持ってくる子に単純に嫉妬していたのだろう。
ちっちぇ~な~、ちっちゃかったアタシ(笑)
花を美しいと思う気持ちとちっちゃな嫉妬が同居していたあの頃のアタシ。
ちょっと情けなくて、ちょっといとおしい。
そんな自分もちゃんと大人になったよ。
教卓の花のほろ苦い思い出。
(写真は)
紫陽花のつぼみ
朝露に濡れて
キラキラ光ってた


