スープねえさん
寒さ
不安
空腹
恐怖を癒した
スープねえさん
昨日までの夏の陽気から一転、
今朝はどんより曇り空、空気もひんやり湿っています。
太陽の恵みを謳歌した緑も今日はクールダウン、
野鳥たちのさえずりも少し大人しめな朝です。
朝刊の一面には沈没した観光船が海面に引き上げられた写真が。
知床半島沖で沈没してからひと月以上経って、
ようやく白い船体が海上に姿を現した瞬間、
テレビ中継の画面に向かって思わず手を合わせました。
船は海の底から引き揚げられましたが
いまだ冷たい海の中におられるかもしれない人々のことを思うと
胸がふさがれるようです。
早く帰りたい場所へ、早く帰れますように祈るばかりです。
「凍える地下 温めたスープ」
同じ1面にこんな見出しがありました。
ウクライナのマウリポリの製鉄所「アゾフターリ」で
66日間避難生活を送った一人の女性の関する記事です。
ロシア軍が街を包囲し始めた3月2日、製鉄所の技術者ナタリアさんと夫は
「2日間のつもりで」避難。爆撃は止まず、多くの避難者とともに
凍えるような薄暗い工場の地下で不安な生活が続きました。
寒さ、不安、恐怖、そして空腹。
シェルターの倉庫の食糧には限りがあり、
避難した数日後にはそこにいた30人で分け合うと、
1日1食にしても1週間をもたない。
避難が長引けば、食べ物がなくなる。
そこで、ナタリアさんは提案します。
「1日1回、スープを作りませんか」みんな大賛成。
鍋もコンロのない地下、夫や他の男性が外に出て探し回り、
木材やアルコール消毒液も燃料代わりにしました。
空気が循環していない地下では火をおこせないので、
工場1階にコンクリート片などえで簡単な調理台を作り、
大鍋二つに5ℓの水を張り、オートミールの缶詰2缶にパスタ少量、
塩で味つけしてスープを作ったそうです。
凍える地下で口にした温かいスープ。避難者の一人は
「あのスープが生きる希望を与えてくれた」と語っています。
火を使う調理は煙が出てロシア軍に見つかる危険と隣り合わせ、
それでもナタリアさんはスープを作り続けました。
食糧がどんどん減り、やがて大人は1日1食に、
子どもには昼のスープが余れば夕食に与えたそうです。
いつしか、子どもたちはナタリアさんをこう呼ぶようになりました。
「スープねえさん」。
暗い凍える地下で息を潜める毎日、
ピザやハンバーガーやアイスの絵を描いて
ひもじさを我慢していた子どもたちにとって、大人たちにとっても
「スープねえさん」の温かいスープは、希望だったのですね。
避難から66日後、国連と赤十字が関与し退避できたナタリアさんは、
5月8日に南部ザポリージャに到着、その夜、夫が買ってきたパンに
バターをたっぷり塗って食べたひと切れは解放されて初めての食事、
「人生で食べたものの中で一番おいしい」
生きていることを実感したそうです。
スープねえさんの温かいスープは、命のスープ。
工夫と協力とあきらめない気持ちが生んだスープ。
誰もが安心して温かい食事がとれる日はいつ来るのか。
ただただ平和を祈る朝。
(写真は)
昨日は大学の大先輩と後輩と
円山界隈で楽しい昼食会
デザートの柚子ソルベと無花果の羊羹
再会と健康を喜ぶひとときに感謝


