やさしい島を思う

青い海

青い空

南の島の

歴史と現在

やさしい島を思う

今日は5月15日。

沖縄の日本復帰から50年、半世紀が経ちました。

平和を愛する人々が豊かな文化を育んできた南の島。

歩んできたその歴史と現在に思いを馳せる朝です。

戦後復興のさなか沖縄だけがアメリカの占領下に置かれ、

高度経済成長の恩恵を受けることもないまま、

米軍基地のために先祖伝来の土地を奪われ続け、

日本に復帰したと思ったのに、基地は残りました。

国土面積の0.6%の沖縄県に全国の米軍基地の7割が集中し、

騒音や環境汚染、米軍人らによる事件事故が相次いでいる現実と

観光客が思い描く青い空と海が広がる南国の楽園のイメージには

パラレルワールドのような乖離があります。

「ふっきしても」

「一、アメリカ軍はでていかない」

「二、きちはそのまま残る」

朝刊の「5・15 あの日の沖縄」と題する写真特集の一枚です。

1972年5月15日、降り続く雨の中迎えた本土復帰の日、

当時の豊見城村の小学校では復帰を考えるクラス討論が開かれ、

子どもたちが話し合ったことを白いチョークで書いた板書の文字でした。

50年前の沖縄の小学生が気づいた不安が半世紀経った今も、

そのまま現実になっているのですね。

さらに沖縄の50年を考える別の特集記事には

東京銀座のわしたショップを訪れた人々を取材していました。

沖縄関連の書籍を5冊買っていた神奈川在住の20代の女性は

「東京の人に観光だけじゃない沖縄を知ってほしい」と

自分でもこれまで100冊以上の本で勉強してきたそうです。

見たい沖縄だけを見ているのではないだろうか。

これまで沖縄へ旅するたびに私自身も自問自答してきました。

見たいところだけを見て気づかないふりをしてはいけない。

沖縄を愛し魅せられるからこそ、その歴史、文化、現実を語る現場に

出来る限り足を運び、肉体で沖縄を感じたいと思っています。

わかったふりもできない。

でも、わかろうと努力したい。

なかなか気軽に沖縄へ旅することも今は難しいけれど、

遠くにいても、いつも、心を寄せていたい。

やさしい人々。

やさしい島。

やさしさのわけを

考え続けたい。

(写真は)

シークヮーサーのジャム

本島北部大宜味村産

芭蕉布の故郷の

甘酸っぱさが沁みる

札幌のわしたショップで購入

(鼎泰豊のお話は明日また)