83%の暮らし
沖縄本島中部
北谷町と沖縄市と
読谷村に挟まれた
基地の町
83%の暮らし
11月の週末2泊3日滞在40時間の沖縄弾丸実証ツアーを決行。
感染対策を十二分に講じて、4年ぶりの沖縄を訪ねました。
金曜18時に那覇空港到着、宜野湾の超人気ビストロで夕食を満喫、
翌日は「見せる復興」が進む首里城、読谷村の「やちむんの里」を
駆け足で巡り、北谷の「浜屋そば」で絶品軟骨ソーキに悶絶。
お腹も心も大満足でお店を後にし、レンタカーへ戻ります。
時刻は午後2時を回りました。限られた残り時間、次はどこへ。
沖縄本島中部に来たら、ぜひ立ち寄りたいスポットがありました。
嘉手納基地を一望できる「道の駅かでな」です。
北谷町と沖縄市と読谷村に挟まれるように位置する嘉手納町にある
「道の駅かでな」は基地とともにある日常を垣間見ることができる貴重な施設。
極東最大規模である嘉手納空軍基地を一望できる屋上展望場や学習施設があり、
ドライブの休憩だけではなく、沖縄の歴史や日常を体感できるのです。
嘉手納は基地の町、というイメージはあっても、
この「道の駅かでな」を訪れ、4000メートル級の滑走路を含む
東京ドーム420個分の広大な空軍基地を目の当たりにし、
学習施設に展示されてるさまざま資料に触れるまでは、
それが、日々の暮らしにとってどういうことなのか、全然わかっていなかった。
知らなかったということを、知った、貴重な場所でした。
2003年、米軍基地が見渡せる道の駅が実現するまでは長い交渉がありました。
基地に面した防音壁と同じ高さの建物は建てられない規制など様々な「壁」を、
10年かけて国、米軍とも調整を続け、
基地の町の暮らしと平和を考える施設が完成、
今では年間20万人以上が訪れるようになりったのです。
今回は2回目の訪問。
1階の売店は変わりありませんでしたが、2階の食堂はクローズ。
新しい出店業者を募集する貼り紙がエレベーターに貼ってあり、
コロナ感染拡大で観光客が激減した影響がここにもありました。
まずは3階の学習展示室へ。
パネルとモニターを使って嘉手納の歴史と現在をわかりやすく学べます。
町の面積の83%が嘉手納空軍基地と嘉手納弾薬庫として使用されていること。
残されたわずか17%にひしめくように市街地があること。
町のほとんどを基地に占められているため、
嘉手納町は農業をする耕作地も少なく、
普通の道の駅ではおなじみの農作物直売所が併設されていません。
1階の売店でも農産物の姿はありませんでした。
これが、83%の暮らしを物語ります。
それでもフェンスと基地の防音壁の間のわずかな土地に
野菜を栽培している狭い畑があり、これらは「黙認耕作地」と言って、
基地内で何カ所か農業を許された場所なんだそうです。
「黙認耕作地」・・・。
嘉手納町は中国から沖縄にさつまいもを持ち込んだ野國總官の出身地、
美味しいおいもを作ってきた歴史があるところなのに、
なんと悲しい響きのある言葉なのでしょう。
しかし、毎月第4土曜日には町内の農家さんを支援しようと
週末市が開催され、野菜や加工品が並ぶそうです。
また嘉手納の土地に合った特産品の「野國いも」も開発され、
町内でしか入手できないレアなおいもとしてブランド化、
10月の野國總官まつりなど地域のイベントで引っ張りだこだそうです。
83%の基地の暮らし。
「道の駅かでな」を訪れれば目と耳と体でそれを体験できます。
屋上展望場から見たこの日の嘉手納空軍基地は土曜日だったせいか、
離発着する戦闘機も軍用機の姿はなく、爆音も轟音も聞こえず、
ひっそり静まり返っていました。
それは、嘉手納の人が、ほっとできる、
ほんのわずかな時間だったのかもしれません。
(写真は)
嘉手納基地を一望
「道の駅かでな」
つかの間の静けさか。



