焼きめし追想

懐かしくて

おいしくて

ちょっと

せつない

焼きめしかな

8月もカウントダウンに入りました。

あの暑すぎた夏も本格的に別れを告げる季節ですね。

さまざまなことがあった2021年夏、

さまざまな思いで8月のカレンダーを見つめる朝です。

後2日で9月か・・・。

さすがに猛暑から解放、ちょっとほっとはするけれど、

過ぎてしまえば・・・なんだろう・・・

ちょっと淋しくて、ちょっと切ない気持ちになる。

「焼きめし」も、おんなじかな。

週末に残しておいた自家製ステーキソースとガーリックオイルで

ちゃちゃっと「ガーリックライス」を作って食卓に出した時、

お米好きの夫が喜んで

「おお~、めずらしい、焼きめし?」と一言発したのです。

「ん?焼きめし? じゃなくて、ガーリックライス!」と

賢い食材再利用でいかに美味しく作ったか、

突っ込みながら(笑)説明した妻でありましたが、

その「焼きめし」という言葉に、一瞬、胸がきゅっ、

なんだか、ちょっと切なくなってしまったのでした。

チャーハンでもピラフでもガーリックライスでもなく「焼きめし」

懐かしい昭和の匂いがする言葉、おぼろげにある一皿を思い出した。

子どもの頃、母が急用か何かで留守をしていた時だったと思う。

今は亡き父がめずらしく手作りの昼ごはんを作ってくれたことがあった。

大正15年生まれの父は今の料理男子とは全く違う生物(笑)、

自ら台所に立つなど全くなくお茶一杯淹れた姿を見たことがない。

その父が、あの時は、何を、どう思ったのか、

「よし、焼きめし作るぞ!」と張り切ったのだ。

幼い頃でおぼろげにしか覚えていないのだが、

なぜか母がいつも使うフライパンではなく、

鉄製のすき焼き鍋のような黒くて重い鍋を使って、

確かカレー粉風味の「焼きめし」を作ってくれたような記憶がある。

その父の焼きめしは、母がいつも作ってくれるチャーハンとはまた違って、

それはそれで、なんだか、すごく美味しかった記憶が残っている。

多分、具材もそう入っていない素朴な「焼きめし」だったと思うけれど、

黒くて重い鍋と黄色みがかった「焼きめし」の残像が

なぜだか、半世紀以上も経った今でも、くっきり海馬に刻まれているのだ。

どちらかといえば不器用で、

子どもとの関りもそう上手ではなかった父が

「お母さん」みたいに台所に立ってご飯を作ってくれたことが

小さな私には「お祭り」みたいにすごく楽しくて嬉しかったんだと思う。

だから、実際の味は、ほんとのところは、わからないけれど、

記憶の中では星三つ、なんだろう。

多分、父が作ってくれた「焼きめし」は

あれが最初で最後だった。

もう、絶対、食べられないんだな。

夏の終わりは、なぜか懐かしくて、ちょっと切ない。

(写真は)

2021年晩夏の

ガーリックライス

焼きめし、

ではありません(笑)