自由二ケーション
さしつ
さされつの
「飲み会」から
もっとゆるやかに
自由ニケーション
4月新年度のスタート。
歓迎会やお祝い事などでお酒を飲む機会が多くなる季節ですが、
新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない中、
この1年、めっきり減ったのが「飲み会」であります。
政治家や官僚、お役所は会食をやめず批判を浴びていますが。
「飲みニケーション どこへ行く?」
朝刊の文化面の見出しに目が留まりました。
日本独特のコミュニケーションの場として機能してきた「飲み会」、
どこから来て、どこへ向かうのか、文化的に掘り下げた特集記事です。
中世史研究者によると既に平安時代には
現在の接待に通じる宴会が開かれていたようで、国司が新任の国に入る際は
国境で土地の人間が酒食を提供、名産品などを贈る宴会が行われていたとか。
う~む、例の放送事業会社が官僚を接待した構図とぴたりと重なる。
接待という名の飲み会、日本の伝統、だったか・・・。
こうした宴会は「外部から来た人をもてなすと同時に
その共同体へ入ったことを象徴する意味合い」があったそうです。
さらに幕藩体制が崩壊した明治期は「気の置ける異郷人と
明日からすぐにでも共に働かなければならぬような社交」が必要とされ、
社会におけるお酒の用途が広くなったと柳田国男も指摘しています。
この流れは近代化と共にさらに加速、
戦後の高度成長期には「飲み会」と「コミュニケーション」を合わせた
「飲みニケーション」という言葉が流行するに至るのでありました。
日本の組織において結束を高める必要不可欠な場となっていくのですね。
昭和は飲みニケーション全盛の時代。
学生時代も「コンパ」という名の「飲み会」は経験していましたが、
社会人となって参加する「カイシャの宴会」は似て非なるものだった。
お酒は瓶ビール一択、食べ物はお刺し身、天婦羅などのいわゆる宴会料理、
あまりビールが飲めなかった若い頃は、正直ちょっと苦痛な時間だったかも。
さらに料理の取り分け、お酌のタイミング、会話の中身に至るまで
見えない「宴会の常識」が存在していて、学生気分で楽しめるものではなかった。
実はこう見えて、人見知り、引っ込み思案な性格なので、余計気を遣った。
いや、気を遣ったつもりでも、自分よりずっと気働きができる女子がいて、
宴会の場でも自己嫌悪になったりして、正直、飲み会は苦手な方だったなぁ。
しかし、時代は変わる。
社会の変化にともなってお酒と人々の関りも変わってきたようだ。
厚生労働省の2019年の調査によると「飲めるけど飲まない」という人が
20代の4分の1、30代の5分の1に達するのだそうです。
お酒を飲むことが社会人としてのマストではなくなっているのだ。
「話がブツ切れになる飲み会よりも少人数のお茶会の方がじっくり語り合える」
「『お酒の力を借りる』というようなお酒を何かの手段にするのは控えて、
お酒の持つ『ゆるさ』自体を楽しみたい」など、記事中の若い世代の意見に
昭和の飲みニケーションを洗礼を受けた世代も、激しく共感した。
20代後半になった息子もお酒は飲めるし、嫌いではないし、強い体質だが、
飲むときと飲まないときを、自然に自律的に選択しているように見える。
時と場合と環境が許せば楽しく飲むが、そうでないときは無理して飲まない。
彼らの世代を見ていると、お酒が目的でなくなりつつあることがよくわかる。
だから他人にもお酒を強要するなど、そもそもそんな発想もない。
お酒がなくても、カフェで充分コミュケーションがとれる世代なのだ。
お酒に関する著書が多い40代のライターさんの言葉が印象に残った。
「大切にしたいのは、「飲んでもいい」という自由さだと思うんです」。
そうだ、飲んでも飲まなくてもいい、瓶ビール一択じゃなくて何を飲んでもいい、
お料理だって好きなものをつまめればいい、大切なのは「自由」さだ。
そこに参加する人が、その人らしくいられれば、会話は闊達になるはず。
見えない宴会のルールに縛られず、色々な話が行きかう場。
みんなが参加したくなるそんな場を、「飲み会」が難しい今のうちに、
ゆっくり探していければいいんじゃないだろうか。
飲みニケーションから
自由ニケーションへ。
朝から「飲み会」について考えた(笑)
(写真は)
わが家の定番野菜料理
「レタスの湯引き台湾風」も
道産春レタスになりました。
ビールにも白ワインにも♪

